601 天女とな?
木陰はサンガ村の五人衆に今までのことを掻い摘んで説明した。
金城は木陰が話し出すと打ち合わせ通りカラスを取りにこの部屋を出た。
天女、憑石、獣憑き……。
五人はその余りにも奇妙な話にただただ閉口するしかなかった。
木陰は一通りの話を終えると部屋に戻って来た金城に合図した。
金城は五人の前にカラスの入った鳥籠を置き、自分はその近くに座った。
木陰は金城が持って来た鳥籠を指差した。
「これが先程のカラスのうちの一羽です。」
五人はその何の変哲もないカラスを凝視した。
ジロウは腕を組みながら呟いた。
「何やら背や脚に装具が身に付けてあるようだが……どう見ても普通のカラスにしか見えねぇ。」
木陰はこくりと頷いた。
「はい、これは紛ごうことなき何の変哲もないカラスにございます。では皆さん、少し離れてください。これから儀式を始めます故。」
タイチロウはいよいよ事の真相を己が目で確認する機が訪れたことに興奮した。
「儀式とな! それではこれからその術を発するわけでござりまするな!」
木陰は「いかにも! ……です」と言ってから金城に「ミナヨ、お願い」と呼び掛けた。
すると金城は藪から棒にその場に寝そべり懐から憑石を取り出すとカラスの方へと向けた。
その憑石はぼんやりと光り出し、やがて金城の手が畳の上にぱたりと落ちた。
五人は心配そうな顔で死んだように眠る金城の身を案じた。。
「だ、大丈夫でござるか!?」
棟梁は「大丈夫です」と言って木陰を見た。
木陰は一つ頷くとカラスが入っている檻の扉を開いた。
カラスはとんとんと跳ねながら檻の外へ出るとバサッと羽ばたいて木陰の肩に乗った。
木陰はカラスを肩に乗せたままその場に座り用意しておいた小さな板を下に置いた。
カラスはその板に近寄ると足に取り付けられている墨ツボを嘴で器用に開けた。
そして、嘴の先に中の墨を付けると板の上に文字を書き出した。
ジロウはそれを見るなり驚愕した。
「これは! まさか、そんなことが……! いや、しかし……。」
金城が元の身体に戻ってもタイチロウは未だ半信半疑の様子であった。
だが、彼はこのまさかの事態を思い描かなかったわけではなかった。
タイチロウは檻の中に戻ったカラスと金城の顔を見比べながら尋ねた。
「もしやこれは……そのカラスにこの娘さんが乗り移ったと?」
木陰は澄ました顔でそれに答えた。
「はい、先程も申しました通り。これこそが天女様から賜りし獣憑きの術にてございます。」
ザンシロウも興味深げに尋ねた。
「先に申しておった七人の女子、皆この摩訶不思議なる術を扱えると申されるか!?」
棟梁は幾分声を張って「如何にも!」と応えた。
「とは言え、この儂も初めて見聞きしたときゃあ正直信じられんかった。今でさえ何のことやら分からぬ始末でな。面目もござりませぬ。はっはっは!」
タイチロウは余りにも浮世離れしたこの現実に眉を顰めっぱなしだった。
「この獣憑きにも驚かされましたが……まさか先の話、天女なるものがこの世に誠在するとは! しかも心の中に常駐までしていなさるとは! 未だに、未だに信じられませぬ……。」
今まで事の次第を黙って見ていた長老のジュウエモンが初めて口を開いた。
「時に、その知恵者たる天女様に今回の件に関してお知恵を拝借することはできませんのかのう。」
流石に年寄を勤めていただけあって質問も鋭いものであった。
木陰はそんなジュウエモンに敬意を表しながらそれに応えた。
「はい、そのことにつきましては私たちも既に天女様に尋ねております。」
「ほう、それで天女様は何と?」
「手を貸すのはこの獣憑きと会話の伝達のみにしておいた方が良いとのことでした。」
「なるほど……天女様にもご都合があるということですか。」
すると木陰は何やら顔を背け他に集中しているような素振りを見せた。
金城はそれを見て慌ててフォローした。
「あ、今天女様と何やら話をしてるみてぇです。」




