60 再起動
ミネルヴァのオーナーである大地ミノルの家には朝の8時ごろから多くの人が詰めかけていた。
蟹江さんと蛯名さんはミノルの両親に丁寧に挨拶をしていた。
他にはファランクスのオーナーである柿月ユタカ、星カナデ、春日クルミ。
後はサユリと私たちボカロボット四人衆だ。
お互いのボディについては先日散々見せびらかし合ったので、それについてはしゃぐ事はない。と言うより、今はそれどころじゃなかった。
室内で帽子というのは余りよろしくないので、私たちはテーブルの上に置かれていた。
みんなはミノルの母が出してくれた麦茶を飲みながらその時が来るのを待っていた。
私たちはミネルヴァが休止状態に入るまでの経緯をミノル本人から聞いていた。
だが正直、この後どうなるのかはまったく予想がつかなかった。
うまく行って欲しい。
みんな心からそう思っていたに違いなかった。
ミノルの母が言った。
「ねえ、そろそろじゃない?」
モニターに起動までの残り時間が表示されていた。
『再起動まで 残り0h0m24s』
皆が固唾を呑んだ。
大地家の人々はこの2日間で大分気持ちの整理をつけて来たんだと思う。
だが元妹、元娘に対してどの様に接したらいいのか、今も迷っているみたいだった。
皆もどう対応したらよいものか家族の気持ちを知ってるだけに思い悩んでいる様だ。
『再起動まで 残り0h0m5s』
『3』
『2』
『1』
『……!』
急にモニター画面がフっと暗くなった。
皆の時間が一瞬止まった。
すると何処からともなく静かな音楽が流れ出した。
皆何事かと聞き入っていると、モニター画面が少しずつ明るくなり始めた。
そこには瞳を閉じたミネルヴァがゆっくりとその姿を浮かび上がらせていた。
ミネルヴァは瞳を開け、その曲に合わせて静かに歌い出した。
とても優しく美しい音色は一瞬で皆の心を抱き包んだ。
ああ、この声は正に天使のさえずりか。
人の心を芯から揺さぶり痺れさせる強烈なビブラート。
暖かい愛情への感謝の言葉がメロディに乗せられて私たちの琴線を静かに弾く。
これがミネルヴァの歌……。
演奏が終わると誰かが呟いた。
「ああ、何て美しい歌声。」
「ミネルヴァ、素晴らしい!」
ミネルヴァは一礼すると笑顔で私たちに語り掛けた。
「皆さん、初めまして。かな? ミネルヴァ・エトルリアです。」
みんながミネルヴァの話に聞き入っている。
まるでコンサートの語りの様に。
「皆さん、色々とありがとうございました。特に大地家の皆さまには前世で本当にお世話になりました。」
ミネルヴァはぺこりと頭を下げた。
「今の私は前世のミナミではありませんが、お父さん、お母さんと呼ばせていただいてもよろしいでしょうか。」
泣くまいと誓っていた両親は既に大粒の涙をぼろぼろと流しながら大きく何度も頷いていた。
「ありがとう。お父さん、お母さん!」
大地ミノルは喜ぶ両親の姿を見てとても嬉しそうだった。
「だけど……。」ミネルヴァは言葉を繋げた。
「あなたはダメです! お兄ちゃんなんて呼びませんからね。ミノルさん!」
みんなその言葉にキョトンとしている。
ミネルヴァはご両親に向けた慈愛に満ちた眼差しとは打って変わって、ダメ人間を叱りつけるような目つきで言った。
「あなたは私のオーナーなんですから、その辺はキッチリとお願いします。」
柿月ユタカはニヤケながらミノルをからかった。
「残念だったな。お兄ちゃんはダメだってよ。」
ミノルはユタカを横目で見ながらまるで子どもの様な照れ隠しをした。
「そんな事、初めから期待してないし……。」
星カナデはそれに追い打ちをかけた。
「その割には口先が尖がってるぞ。残念だったわね。まあ、せいぜいオーナーとして頑張ってくれたまえよ。ガハハハハ。」
ミノルはカナデに向かって叫んだ。
「わかってますよ!」
その姿に皆が笑った。
ミネルヴァも楽しそうに笑っている。
そして遂にファランクスの全員が出揃った。
新生ファランクス誕生の瞬間だった。
因みに蛯名さんは残り24秒の辺りから号泣しており、今も美しい顔をグシャグシャにしていた。
【人物紹介】
私(フィナ・エスカ) … 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のオーナー】
本田サユリ … 私のオーナー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のオーナー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … オーナーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … オーナーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … オーナーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … オーナーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
ナミエ… 正式名称C73EHT-R。AIポリスの特殊捜査隊隊長。新米ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。2児の母
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子




