598 十年前の岬の家
火柱の父は一つ頷くとその時の状況を話した。
「ああ、そこにはおハルさんて女人と他に夫婦らしき二人が住んどってな。後で聞いたらその二人はおハルさんの知り合いってことで、たまたま居合わせただけって話だった。」
皆、当時の話をする彼に注目した。
「で、初めはサンガ村ってことでこちらも身構えちょったんだが、飯を馳走になり湯までもらってのう。挙句泊まって行けと申す。まあ、呑気と言うか……。俺がそろそろお暇させていただくっちゅうてもな、あ、そうけ。また来なっしゃい。なんて言いよる始末じゃった。」
これは皆にとっても初めて聞く話だった。
恐らく自分の落ち度による話だった為今まで口には出さなかったのだろう。
それは彼の顔がやや赤らんでいることからも推測されたが、それについて攻める者はいなかった。
水野はその川が岬まで続いていたことは知っていたが小舟で行けるとまでは知らなかった。
「と、言うことは川からあの岬に出られるってことですね。あんなに狭い上、岩がごつごつしとるってのに……。」
火柱の父は「うむ」と水野に向かって肯いた。
「つってもなぁ、途中寝とったからようは分からんが。ま、そう言うこっちゃ。ただ、船で行くことはできても帰ることはできんぞ。それにな、サンガ村付近の川辺りにゃあ人の行き来も多いだろう。」
火柱グレンはその帰路について父親に尋ねた。
「お父っつぁんは大丈夫だったのけ? 帰りに見つかったりしよらなかった?」
火柱の父はにこりと笑ってそれに答えた。
「ああ、旅の者かと思われたんじゃろうな。すれ違ごうても何もなかった。会釈する者もいたくらいじゃ。とは言え、今はそうもいかんじゃろうがな。」
水野は策を閃いたがサンガ村の五人のことも忘れてはいなかった。
「私にちょっとした考えがあります。ですが、例の五人もそろそろこちらに着く頃でしょう。そちらは棟梁にお任せしてもよろしいでしょうか。」
棟梁はゆっくりと大きく頷いた。
「ああ、承知した。お前さんとしては先ずその台場のタエとやらをこちらに匿うのが先決ということじゃな。」
水野は次にユメノたちの方を向いた。
「ミナヨとシノは棟梁たちと一緒に五人を迎えて欲しい。」
金城ミナヨは五人の顔を知っているし会話も聞いている。
また、木陰シノであればうまく補佐してくれることだろう。
二人は水野の意を組み取りそれを了解した。
水野は他の四人と火柱の父を連れてタエの救出に向かうことにした。
金城は三度カラスの姿となり木陰父娘と共に村の外まで五人を迎えに出た。
先ずは金城カラスが前方三町(一町は約109m)の所まで飛んだ。 そこには岩陰からこちらの様子を窺っている五人の姿があった。
金城は五人が見えて来ると彼らの少し前方に舞い降りた。
金城のカラスはぴょんぴょんと跳んで五人に近づきながら「カァ」と鳴いてアピールした。
タイチロウは目を丸くして金城カラスを見つめた。
「これは……もしや先程のカラス! 迎えに来てくれたのか?」
ジロウもまじまじとそのカラスを観察した。
「近くで見ると……やはり普通のカラスじゃのう。うむ、背中に何か背負ってるようじゃが。」
老人は一歩カラスに近づくと一礼した。
「先程のカラス殿とお見受けする。私は一ノ坂ジュウエモン。この者たちは組頭の山坂ザンシロウと……。」
そこにタイチロウが一歩乗り出した。
「赤坂タイチロウと申す。この二人は我が愚弟、ジロウとサブロウにござる。」
愚弟と言われた二人はタイチロウを睨んだ。
金城カラスは一瞬呆気に取られていたが取り敢えず「カァ」と鳴いて返事をした。
そして、タイチロウの肩にちょこんと乗ると前方に向かって「カァ!」と鳴いた。
すると、里側の方から「おーい!」という木陰父娘の声が聞こえて来た。
金城カラスはタイチロウの襟を嘴でクイクイッと引っ張るとバサッと飛び立ち五人を先導するかのように前方に向かった。
五人は声がした方に向かって歩みを進めた。
もうここまで来たら躊躇などしていられないのだ。




