593 岬の少女
水野は物置小屋の窓に降り立ち中を見た。
そこには太さが三分(1センチくらい)、長さが一丈と半間(4メートルくらい)ほどの縄が置かれていた。
「うん、これなら……ごめんなさい、ちょっとだけ借りるね!」
水野はそこにあった縄を足で掴むと先程の穴の近くまで舞い戻った。
重さは五両(187.5グラム)以上はあり、カラスにとってはかなりの重さだった。
水野はふらつきながらもやっとのことで穴の入り口まで辿り着いた。
そして、穴の上部に生えている木にそれを結びつけると嘴で縄のもう一方の先端を咥えた。
それから穴に入りその縄の先端をタエに握らせた。
「これで登れってのね! うん、やってみる!」
タエは残りの力を振り絞り縄を伝った。
穴の大きさが気になるところだったがタエは何とかその穴を擦り抜けることができた。
「よし、やった! 何とか抜け出せたわ!」
タエは穴の出口から周囲を一望した。
「あら、こんなところに出るんだ!」
タエはこの場所を知っているような口ぶりだった。
「なら、近くにハナちゃんの家があるはず。」
タエは少し高いところにある穴の出口から尻を滑らせて下の岩場に降りた。
出口の穴は丁度陰になっていて下からでは見えないようになっていた。
「成程、これじゃあ気が付かないわね。」
水野は上の木に縛り付けた縄を解くとそれを口に咥えてタエの手元に運んだ。
「あの家から拝借してきたのね。助かったわ!」
タエは先程の民家に向かって歩みを進めた。
「流石にあいつらもハナちゃんの家には気付いてないみたいね。」
「カア!」
「うん、あそこは知り合いの家でね。村からは少し離れているし家主は殆ど留守にしていて……ハナコって五つくらいの女の子が一人で住んでるのよ。」
民家に着くとタエは先程少女がいた裏庭の方へ向かって行った。
そして、そこに少女がいることを確認するとやさしく声を掛けた。
「ハナちゃん。」
ハナコはゆっくりタエの方を振り返ったがただこちらをボーっと見ていた。
タエがハナコに近づきながらもう一度声を掛けた。
「ハナちゃん、タエよ。」
するとハナコはタエの方に身体を向けながら顔をにっこりとさせた。
「あ、タエちゃんだ。」
日の光の中、改めてタエを見るとかなりやつれているのがよく分かった。
ハナコもそれを見て何かを察したようだ。
「悪いやつ、いる?」
タエはその悪いやつという言葉から誰かがここに来て村の現状を伝えたのだと確信した。
「誰か来た? 悪いやつが村にいるって教えてくれた?」
ハナコは何かを思い出しながらあったことを伝えた。
「うん、タイチロウとねジロウとね、ええと……来た。」
タエは「サブロウ?」と聞くとハナコは嬉しそうな顔で「うん」と答えた。
「あと……ええと、いっぱい来た。」
「そう、村に悪いやつがいるから来るなって?」
「うん。」
ハナコはそう返すとタエの手を引っ張って庭の端の方に向かった。
「あそこ見て。サブロウがやったの……。」
そこには小道があり、その3メートルばかり先には赤いロープが道を遮るように置かれていた。
「ここから先に行ったらあかんて。」
どうやら村の幾人かがハナコのことを心配してここに足を運んでいたのだろう。
水野はそれを知りサンガ村の人々の情というものを知った。
やはり敵はゴギャク一派のみ。
しかし、その数と未知の兵力は水野の想定を遥かに超えていた。
更にここではっきりしたことがある。
それはサンガ村の村人はある意味全員が人質みたいなものだということだ。
サンガ村の村人を無傷で救い出し、その上ゴギャク一派を掃討するにはどうすればよいのか。
水野は策を練る為に更なる内情を知る必要があると考えた。




