591 うわっ、来たよ……
金城カラスは「カア!」と鳴いて巻紙を牢内の岩陰に隠すと先んじて牢を飛び出した。
タエは彼女たちの行動に理解を示した。
「お友達が様子を見に行ってくれたのね。」
水野はタエが気を利かせてくれたのであろうその言葉に元気よく返事をした。
「カーッ!」
タエはゆっくりと先程拉げた格子の隙間に頭を通した。
「頭さえ入れば何とか出られそう……うん、何とか抜け出せた!」
水野カラスはタエの少し前を行き彼女を先導した。
その時、松明の火で照らし出された洞窟の隅に数匹の蛇らしき影が見受けられた。
水野はハッとして身構えたがよく見るとその蛇たちは死んでいるようであった。
どうやら皆、頭が切断されているようであったが今はそれどころではなかった。
一刻も早くタエをここから抜け出させなければならないのだ。
だが丁度その時、金城から連絡が入って来た。
「反対側からゴギャクたちが戻って来た!」と。
水野はすぐ様タエの肩に乗り襟元をぐいぐいと二回引っ張った。
「来たの?」
水野は「カア!」と鳴いて洞窟の端にある窪みのような岩陰に隠れた。
「成程、そこに隠れろってことね!」
タエはさっとその岩陰に身を隠すと松明の火を地面に擦り付けて消した。
問題はタエの独特の香りに相手が気付くかだ。
タエの服には蚊連草や桔梗などを混ぜた香りが吹き付けられていたからだ。
これは虫除けと香水の用途を兼ねていたが今はこれがネックとなってしまっていた。
向こうの方からガヤガヤと男たちの話声が聞こえて来た。
水野はここで今までの懸念が嘘のように晴れた。
酒の臭い、体臭、他にも……。
男たちは吐き気を催すほどのとんでもない臭いを漂わせていた。
これだけ臭ければタエの仄かな香りなど気付かれるわけがない。
だが、そうゆっくりもしていられなかった。
恐らくゴギャクたちは彼女がいないことを知ればすぐにもこちらへ引き返してくることだろう。
ここは変に動くよりもこの岩陰でゴギャクたちが再びここを通り過ぎるのを見届けた方がよいのかもしれない。
それはタエにしても同様の考えであったらしく、二人はその場でその時を待った。
今度はさっきのようにここを通過してくれるとは限らない。
ここまで探しに来たら……さて、どうしたものか。
案の定、彼らは激昂しながらこちらへ戻って来た。
「おい! お前はもう一回牢へ戻ってこの辺を調べろ! お前らは左の牢だ!」
その時、恐らくはトアクと思われる老人が左の牢に向かおうとした二人に何かを耳打ちした。
それは、もし人間であれば聞き取れないような小さな声だった。
だが、カラスである水野にはそれがはっきりと聞こえていた。
彼は左の牢に監禁されている連中にタエがいなくなったことを悟られないよう指示していたのだ。
成程、こいつはゴギャクとは違うらしい。
水野はカラスの耳がよいことに感謝した。
もし今のが聞こえていなかったら彼女の性格上気になって仕方なかっただろうからだ。
そして、いよいよゴギャクたちが目の前を通過して行った。
ゴギャクは大きな声で怒鳴り散らした。
「畜生! あの女! 死なない程度に再起不能にしてやっからな! くそっ、くそっ、くそがあっ!」
タエと水野カラスは息を殺して彼らが通り過ぎるのを待った。
彼らは急いでいた。
タエに村の外へ抜けられたとあってはそれこそ大事だからだ。
水野はゴギャクの怒り狂う様を見て少しほっとした。
短絡的で感情的、僅かな衝動さえ抑えきれない矮小な人間。
ああいう手合いは参謀の言うことを謙虚に聞く姿勢もなく策略に嵌めやすいからだ。
来週は多忙の為お休みする予定です。
よろしくお願いします。




