589 歌って踊ろ!
金城は水場に向かって走りながら問い返した。
「けど、今は言葉も喋れんし墨ツボもねえよ。どうすんの?」
「そうな、私と一緒に歌って、踊ってくれねぇか?」
「え、歌って……踊るの?」
「うん、私の真似してくれればよかよ。」
水野と金城は打ち合わせをしながらタエのところに三杯目の水を運んだ。
タエはそれを一瞬にして飲み干すと金城猫を見ながら不思議そうな顔をした。
「ゴンゾウ、あなたの背中に乗ってるの……それってネズミよね。いつもは追っかけまわしとるのに、どうしたの?」
タエがそう尋ねたその時、野鼠が「チ-、チー、チー」と三回鳴いた。
その鳴き声にタエは思わず不思議そうな顔をした。
野鼠は更にもう一度「チー、チー、チー」と三回鳴いた。
すると今度は猫の方が「ニャー、ニャー、ニャー」を二度繰り返した。
タエは目を丸くして二匹を見た。
「ゴンゾウ、あんたら友だちなのけ?」
更に二匹の歌は続いた。
「チー、チー、チ、チー」
「ニャー、ニャー、ニャ、ニャー」
「チー、チー、チ、チ、チー」
「ニャー、ニャー、ニャ、ニャ、ニャー」
タエはそのリズムと音程の良さにただならぬものを感じた。
「あなたたち……!」
そして今度は自分たちの歌に合わせて動き始めた。
猫とネズミはタエの目の前に円を描きながら等間隔で走り始めた。
暫く回った後、二匹はタエに向かって真横に並び先ずは野鼠が歌に合わせてその場をぴょんぴょんテンポよく飛び跳ねた。
次に猫が歌に合わせて同じくぴょんぴょんと飛び跳ねた。
タエはそれを見て「あっははは」と弱弱しくも笑い出した。
「あらあら、これはまだ夢の中? そうやなかったら私ゃもう死んどるのかね。」
すると二匹は歌を止めた。
金城猫は彼女の袖を咥えると牢の外に向かって引っ張った。
「え、私にここから出ろって言うの?」
二匹はそれが頷きだと分かるように思い切り首を縦に振った。
「ほんに賢い子……。けどね、ここには毒蛇や毒虫もいるのよ。火でもあれば近づいてこないかもしれないけど……。」
水野は「チー、チー」と鳴いてみた。
「ああ、何で私はここにいても大丈夫なのかって? 多分それは私の服に付いてる香りの所為だと思う。これは蚊連草や桔梗なんかを混ぜたものだからね。その香りがこの中に充満して虫を寄せ付けないんでしょう。」
ネズミは「チー」と一度だけ鳴いて返事をした。
タエは不思議そうな顔をして二匹に尋ねた。
「あなたたち、私の言葉が理解できるの?」
「チー!」
「そう……。ああ、せめてお話しができればなあ……。皆の無事を確認したいのに……。」
水野と金城はタエの言ったことを打開すべく話し合った。
そして、二匹はそれぞれの目的の為にその場を走り去った。
タエはそれを見て二匹に何かしら考えがあるらしいと感じた。
「それにしてもあの子たち、一体誰が躾けたのかしら? 」
タエはゆっくりと軽い柔軟体操を始めた。
「それにしても……こんなに格子が拉げてるの見たらあいつらまた頭おかしなるんちゃうやろか……。まあ、初めからやけど。」
タエは拉げた格子を形だけでも元に戻しておこうと思ったがそれは叶わなかった。
「うーん、こりゃ駄目だわ……。後はあの子たちに……って、私は猫と野鼠に一体何を期待してるんだろう……。いや、でもさっきのあれは……。私、気でも変になったのかな?」
一方、水野と金城は先程鳥黐で拘束しておいたカラスの所へ戻っていた。
カラスの羽や嘴には予想以上に鳥黐がこびり付いていた。
金城はそれを見てげんなりした。
「あっちゃー……これ、ちゃんと取れるんかね……。」
二匹はそこからそれぞれ単独行動を開始した。
金城は先程のお椀で水を汲み、カラスの元にそれを持っていった。
水野はカラスでも取りに行けそうな場所に食料が貯蔵されていないかを見て回った。
【江戸時代の会話について】
江戸時代に「です、ます」はあまり使われていなかったらしいのですが「候」とかだとややこしいのでここでは使わせてもらってます。
他にも実際と異なる言い回しなどございます。
カタカナ言葉など明らかに時代にそぐわない単語はなるべく使わないようにしましたがその他使われている言葉についても曖昧です。
悪しからず。




