588 水を!
金城は台場タエが暫くの間監禁されていたと思われる檻(牢屋)に木製の椀が置かれていたのを覚えていた。
水野はそれを見て一瞬「でかした!」と思ったがそれはすぐにも残念な結果となった。
この大きさでは木の格子から中に入らないのだ。
しかも、椀が入ったとて野鼠ではそれを台場タエの口元へ運ぶのも至難だった。
「あいたたたぁ……やってもうた。けどあそこにはこれぐらいしか見当たらなかったしなあ。」
そこで水野は木の格子の一本に噛みついた。
「おいおい、どうした? いきなりそんただとこ噛みついてぇ!」
だが、格子をガリガリと削る野鼠の姿を見て金城は納得した。
「成程、その手があったか!」
水野は必死に格子を歯で削っていった。
ガリガリガリガリ……。
金城はジトっとした目で野鼠を見つめていた。
「それ、いつまでかかるん? 日が暮れてまうよ……。」
それから数分間、水野は力の限り歯を行使したが遂には野鼠の筋肉が披露しきってしまった。
「一点に集中すれば行けるかと思ったがやはりダメか……まだ三分の一にも達していない……。」
金城はそれを見てもしやと思いその削られた辺りを猫の手で押してみた。
すると格子は思いのほかグイっと撓った。
金城は「これはいけるのでは?」と呟きながら今度は全体重を乗せてその格子を押し曲げてみた。
するとその格子は見事に拉げ椀を通せるほどの隙間を開けることができた。
金城はお椀をそっと檻の中に入れた。
「でも水野の野鼠じゃあそれ、運べないっぺ。どうするの?」
水野は首を傾げながらそれに答えた。
「あの……ミナヨちゃんが中に入ったら?」
「あ……そうよね。」
金城はゆっくりと隙間の空いた格子の間を通り抜け中に入った。
そしてお椀を口に咥えると水が零れないよう慎重にタエの口元にそれを運んだ。
タエの唇に水が掛かるとそこで初めて彼女の口元が微かに反応した。
タエは掠れた小さな声で金城猫に呼び掛けた。
「ゴンゾウ……?」
金城は咄嗟にその名がこの猫のものだと気が付いた。
そこで取り敢えず「ニャーゴ」と鳴いて返事をした。
タエは「水……」と半分譫言のように呟いた。
金城は今度はタエの手元に水の入ったお椀を置いてみた。
すると、タエはゆっくりと半身を起き上げようとしたがどうにも力が入らない様子だった。
二人が見守る中、タエは這うようにして口をお椀の近くまでもっていき啜るようにして水を口に含めた。
金城は空になったお椀を口に咥えるとすぐ様二杯目の水を汲みに行った。
水野は食料を持って来なかったことを後悔した。
その時、水野はふとこの場に弱弱しい光が入り込んでいることに気が付いた。
どうやら岩の隙間から反射光が入り込みこの中を完全な暗闇から解放しているようであった。
タエは身体を引きずるようにしてその上半身を壁に寄り掛けさせた。
僅かとは言え水を得たことで少しだけ気力が戻ったらしい。
金城が水の入ったお椀を運んで来ると今度はそれを両手でしっかり持ちコクコクと喉を鳴らして飲み干した。
久しぶりに動いたせいだろうか、タエは少し苦しそうに肩で息をしていた。
「ふう。ありがとう、ゴンゾウ。あなたのお陰で助かったわ。」
水野は何とかして彼女をここから脱出させたいと考えた。
だが、その為には先ず意思の疎通をしなければならない。
金城は三杯目の水を取りにお椀を咥えて出立しようとしていた。
水野は取り敢えず金城猫の背中に乗り「チー!」と鳴いた。
「ねえ、ミナヨちゃん。タエに私たちのことを何とかして伝えたいんだけど……。」




