578 例えば火遁の術
他の獣に憑いた後のカラスをどうすべきか。
それについては火柱も考えあぐねていた。
「で、どうするよ、ソウコ。」
水野は洞窟での移動を考慮しながら自分たちの行動をイメージしてみた。
「まあ、向こうで何をするのかにもよるかな。例えば人の会話を聞くだけならカラスのままでも何とかなると思う。けど、台場タエの居場所を探すとなるとやはり向こうで猫なりネズミなりに交代せにゃならんかもね。」
金城は真剣な表情で頷いた。
「成程、問題は向こうでどないして憑き変わるかってことか。」
彼女の口を突いて出た「憑き変わる」という言葉に皆クスリと笑った。
日土フタエは金城の顔を見てにこりと笑った。
「獣憑きの古参みたいやなあ、ミナヨちゃんは。」
金城は満更でもない顔で「まあね」と言ってから少し照れた。
木陰シノは水野が既に考えているであろう計画について暗に尋ねた。
「と、なると早いとこその作戦とやらを立てにゃならんのう。」
皆の期待通り水野は既に作戦の構想を練っていた。
彼女がその作戦について皆にレクチャーしようと一歩乗り出したその時、屋敷の方から誰かの声が聞こえた。
「おう、ここにおったか!」
皆がそちらの方を振り向くと火柱グレンの父親が近づいて来た。
水野ソウコは彼の何かを伝えたそうな顔を見て自分の作戦を変えねばならないことを悟った。
「これはグレンのお父上、どうなさいましたか?」
彼は少し申し訳なさそうな顔で皆に父親衆のところに顔を出すよう頼んだ。
昨日会議が行われていた部屋では今朝も早くから棟梁を中心とした話し合いが進められていた。
皆が部屋に入ると棟梁から話が持ち掛けられた。
その内容は獣憑きの力を使って忍術の仕掛けを準備してほしいとのことであった。
シチヨウの里の忍法は独特なものが多かった。
大規模な忍術についてはそのポイントとなる幾つかの場所に予め仕込みを入れておくことが多い。
よって、彼らの忍術は何日も前から入念に練られた計画の上で成り立っていたのだ。
ところが今回の戦についてはその時間的な余裕が殆どなく棟梁たちは頭を抱えていた。
できることなら年端のいかぬ娘たちをいくら準備だとは言え戦に巻き込みたくはなかった。
だが、村の現状はそれを許さなかった。
若い衆の多くは様々な技術や学問を学ぶため都などに出ており、残された者は年寄りと女性、そして子どもが多かった。
若い者にしても日頃から戦闘訓練など然程していなかった為、例え出ている者に急を知らせ呼び寄せたところでそれほどの戦力にはならなかっただろう。
これは村に残った若者についても同様であり、ここにいる父親衆でさえ戦の経験はないのだ。
だが、忍法についての知識は引き継いでいた為、それを駆使してこの現状を乗り切るしかないと考えたのだ。
設置すべき道具などは倉庫に保管されていることが既に確認できていた。
あとはこれらをどうやって設置していくか。
設置する場所はシチヨウの里とサンガ村を結ぶ一本道とその周辺だ。
だが、サンガ村としてもシチヨウが既に情報を聞きつけて戦を迎え撃つ準備をしているだろうことは伝わっている筈だった。
つまり、ゴギャクの手下がそこいらを見回っているだろうことは疑う余地もなかった。
そこで棟梁たちは苦肉の策として彼女たちの降って湧いたようなあの能力に頼るしかなかったのだ。
これは水野としても想定内のことではあったが思っていたより早く話が持ち掛けられた為、先程の作戦は大きく方向転換しなければならなくなった。
「それで、何をどのような場所に設置すればいいんですか?」
話によればそれぞれの家に伝わる忍法の道具を地形に合った場所に設置していくということであったが、それは以外に大仕事になりそうだった。
例えば火柱に伝わる火遁であれば油を染み込ませた板を梯子状に組み、それらを岩などに括り付けて固定しなければならなかった。
これに火を掛けることで大きな火の壁ができるのだ。
因みに遁とは逃れる、隠れる、欺くなどの意味を待つ。
例えばここで言う火遁とは火を使って身を潜ませたり追手を阻むなどの他、道具を忍ばせるという意味合いでも使用されている。
訓練を積んだ者であれば燃え滾った板と板の合間を横向けに擦り抜けることができるし、隙間から矢を放つこともできる。
また、結んである紐は金城の打った鉄線であり木の板にしてもそう容易く燃え尽きる代物ではなかった。
但し、火を使う故設置場所は限られており、細心の注意を必要とした。
着火しても山火事にならず人目に付かない場所。
特に今回は向こうの見張りもいることから慎重にせざるを得なかった。




