569 鳥が嫌なら猫の方で
金城の父親は中庭に出ると廊下で寝転がっている猫に近づいた。
そして、懐から例の黄色い石を取り出して皆の方を振り返った。
「では、このタマに憑いてみよう。いいかな? ソウコ。」
水野ソウコは金城の父の気迫にやや気押されながらも丁寧に頭を下げた。
「はい、お願いします。ああ、そうだ。意識が抜けても怪我をしないよう、どなたか身体を支えておいてください。」
これには日土と大地の父親が応じた。
本来なら本人が寝転がってから憑けばいいのだろうが水野はそれを言わなかった。
それを頼むことで彼の決意が揺らぐことが懸念されたからだ。
つまり、金城の父はそれほどに緊張していたように見えたのだ。
実際、彼は今のこの勢いだけで嫌なことをやり切ろうとしていた。
娘たちの手前やらざるを得なかったのだ。
金城の父親は二人に支えられた状態でその黄色い石を手の平に乗せて猫のタマにそれを向けた。
「天女よ、今一度願いを聞き入れ賜え!」
すると突然その石が光だし金城の父親は脱力した。
日土と大地の父親は伸し掛かってくる金城父の体重を必死で支えた。
この現象に見覚えがあるのは実に月影ユメただ一人であった。
これは私がユメタンに憑依する時のやつ!
ちょっと光の加減は控え目だけど……。
月影ユメ(今、この夢を見ている本人)は憑石と呼ばれる媒体を用いてボカロであるユメタンに憑依することができた。
その際本人の身体は睡眠状態となり意識は仮想世界にあるユメタンの中にあるのだ。
そして、その憑依状態からさらにユメタンのナビゲーターであるセレーネと憑依合体することで月天使となりスーパーパワーを発揮することができるのだ。
但し、今のところその原理は分かっていない。
金城の父はぐったりとなり日土と大地の父に支えられていた。
「そおっとだぞ。このままそおっと寝かせるんじゃ。」
彼らの目の前にはタマがお座りの状態でこちらを見ていた。
水野はタマに近づくと早速声をかけた。
「もし私の話が分かるなら二度鳴いてみせてもらえますか。」
するとタマは水野に向かってニャン、ニャンと二回鳴いた。
それを見た皆は「おおっ!」と驚愕の声を上げた。
水野は金城の父がタマに憑いていることを確認すると一つ頷いてから尋ねた。
「他にどんなことができますか?」
タマはまず彼らの周りを走ってみせた。
始めはゆっくりだったが途中からはフットワークを利かせるほど巧みに身体を動かした。
タマは元の位置に戻ると今度は爪で地面に『い、ろ、は』と文字を書いて見せた。
棟梁たちはあまりの出来事に目を見張り息をのんだ。
「まさか……これほどまでに!」
「期待していなかったがこれなら本当に使えるかもしれんな!」
子どもたちの方はと言えばこの眉唾な事態に驚きながらも大いに歓喜し、すぐに順応してしまった。
ただ一人、月影ユメにとってはある程度分かっていたことだった為、この現実を冷静且つ興味深げに観察していた。
「ほへー、古文書の動物に憑いたって話、本当のことだったんだ!」
水野はこの獣憑きについて改めて棟梁と話を交わした。
皆も二人の会話に耳を傾けていたが、月影ユメノはどうしてもやってみたかったことがあったのでそれを試すことにした。
皆が話に夢中になっているのをよそにユメノはタマに近づいて顎の下を撫でてみた。
だが、タマはそれを嫌そうに除けたばかりでなく手でしっしっと言うような仕草をして見せた。
日土フタエがユメノの行動に気付き何をやっているのか尋ねた。
「ユメノ、何しとるん?」
するとユメノはくるっと日土の方に振り返った。
「あんた、毬かなんか持っとるか?」
「ああ、毬ならカナエちゃんが持っとったよ。ちょっと待っててな。」
フタエはカナエがいつも懐に忍ばせている小さな毬を借りてユメノに渡した。
「何に使うの?」
「ちょっとね。試したいことがあるのよ。」




