568 鳥になってはみたものの
日土の父は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「この里は殺法を封じて久しい。故に今から対抗策を備えるのは至難だろう。かく言う我が日土家も同様也。仮に書物を紐解いたとて修得する暇はなかろう……。」
殺法とは文字通り人を殺害するための忍法だ。
だが、元々シチヨウの里では殺生を嫌う傾向があり殺法を使用するのは最後の選択だった。
勿論、記録としては残されていたし今の技術を用いれば殺法の復活も可能だったであろうが彼らはそれをしようとはしなかった。
この「封じた」というのは忍法を使って人を殺めること自体を禁止したという意味合いが強かったからだ。
水野ソウコは自分の考えを述べた。
「何れにしても正面から対抗するのは手落ちかと考えます。見たところ敵はそのゴギャク一派のみ。まあ、それと奴の引き入れた仲間が数人いるやもしれませぬが……。ここで無関係の村民を殺傷すれば今後も遺恨が残ることでしょう。逆にタエを救い出し次期棟梁に据えることができれば新たな交流が生まれるやもしれませぬ。」
シチヨウの里とサンガ村は戦国の世、その優れた隠密活動で為政者たちに重宝されていた。
それらの功績によりその時々の権力者はこの二村については干渉せず年貢も免除されていた。
更には村の運営や自治についてもその一切を村民たちに任せていたのだ。
これには為政者たちもこの二村には下手に関わらない方が良いという考えも働いていた。
月影は頭の後ろで指を組みながら問い掛けるように呟いた。
「あーあ、いっそ金城のおっ父みたいに獣憑きでもできればなー。」
大地カナエは興味深げに月影の顔を覗いた。
「獣に憑いてどないするの?」
そう問われると月影は少々戸惑った。
「え、えーと……そうね。例えば鳥になって空から偵察するとか?」
火柱グレンは肘で月影を軽く突いた。
「われ、また思い付きでもの申したろう。」
だが、木陰は月影の案を満更でもないと考えた。
「とは言え、もしそれができようものならいろいろと手立ては膨らむな。」
皆の目は自然と金城の父に注がれた。
月影の棟梁は改めて金城の父に尋ねた。
「してお主、あの鳥に憑いた話とやらは真なのか?」
金城の父は大きく頷きながらそれに応じた。
「ああ、何度も言うようだがあれは本当にあったことじゃ。嘘偽はない。とは言え、あれを再度為す気にはなれんがな……。」
金城ミナヨは父の肩を揺すった。
「なしてじゃ、おっ父。空を飛べるんであろう? これはまたとない機会じゃねえか。」
金城の父は娘の方を見ながら顔を遠ざけた。
「あれが犬や猫だったらまだいい。だが、空だぞ? もし何かの拍子で羽が動かず高い空より地面にでも落下すれば……おお! 儂は鳥などにはよう憑きとうないのだ。まあ、あの時は考えもなく山を四つ五つほど羽ばたいてはみたがのう。今思えばあまりにも呑気じゃった……。」
確かにわけの分からない方法で鳥に憑くのは勇気がいるかもしれない。
そこで水野は金城の父に一つ提案をしてみた。
「なら、その犬か猫に憑いてみるというのであれば如何でしょう。」
金城ミナヨは目を丸めて父を見た。
「そらそうじゃ。おっ父、他の獣で試してみたらどうじゃ?」
金城の父は少し嫌そうな顔をしながらも否定はしなかった。
「うーむ……だが、それができたとてこの戦をどう避ける?」
水野ソウコはその問いに真摯な態度で答えた。
「そうですね、先ず今必要なのはタエの安否とサンガ村の様子を知ること。先程ユメノが申していたようにこれらを偵察するのには有効かと存じます。」
「ふむ、成程。それは確かに……。」
「どうやら鳥に憑いてる間も人の意識は持ち合わせているようでしたので。ただ、これが成功するか否かについてはやってみなければ何とも……。」
金城の父は目を閉じ腕を組んで暫し考え込んでいたが、どうやら決心がついたらしくカッと両の目を開いた。
「うむ、相分かった。ならば今から試してみよう。」




