555 謎の少女と国王様
その少女は爽やかな笑顔を称え魔王たるヴァーレフォールに尋ねた。
「何やら会場が騒がしいようですが何かあったんでしょうか?」
そう、彼女はヴァーレフォールの元教え子で現在国王の側近を任されている……ヒーナ……。
隣は……空席だったか……?
いや、そんなことはどうでもいいことなのだ……。
ヒーナは競技場の中央にある生首を興味深げに眺めながら呟いた。
「ははーん、あの子が例の編入生か。なるほどなるほど。」
ヴァーレフォールの記憶の中に割り込んできたのは正にこのヒーナという少女の情報だった。
彼は今の今まで知りもしなかったこのヒーナをさも昔からの知人であるかのように思い込まされたのだ。
ヴァーレフォールはヒーナの方を見ながら恐る恐る尋ねた。
「女王に伝えるのかい?」
ヒーナは生首の方を眺めながら答えた。
「ええ、てかもう伝わってなさるわ。」
首だけになった香々美は地面から暗殺者たちを見上げた。
「私は誰からも操られてやしないわ。そんなことできる人はこの会場にはいない。言ったでしょう、この会場の全員を敵に回しても私は必ず勝つって。」
暗殺者の棟梁以下数十名の男たちはまだ信じられないといった様子で周囲を警戒しながらドーヴェの首に近寄りまじまじと見つめた。
「ふふ、驚いた? 私は死んでないし。それにね、あなたの隣にいるでしょう?」
彼女がその言葉を発した瞬間、男たちの隣には何の前触れもなくいきなり無傷のドーヴェが出現した。
「これは……どうゆうことだ!?」
棟梁の男は足元にあるドーヴェの首と新たに出現したドーヴェを見比べて目を見開いたが、やがてその現実を振り払うように顔を横に振ると大きな声で怒鳴った。
「いいからやっちまえ! 全力でこいつを倒すんだ! 油断するなよ!」
頭に血が上った棟梁は全員がそれぞれ違うドーヴェを見ていることに気が付かなかった。
この状況を見ていた観客もまた騒ぎ出した。
「おい、あれ……なんで仲間同士でやり合ってんだ?」
「うわ、あんな大技ここで使うなっての!」
ヴァーレフォールはその全容を魔王の能力を用いて見抜いた。
暗殺者の男たちの目には隣の仲間がドーヴェの姿に見えているのだ。
だが実際はこれこの通り、仲間同士全力で殺し合っている……。
ヒーナは無表情でただ闘技場の様子を眺めていた。
ヴァーレフォールはドーヴェのただならぬ力に息を呑んだ。
「あれは……ただ者ではないぞ! 何とかしなければ……!」
ヒーナはパッとヴァーレフォールの方を見て微笑んだ。
「ま、そのためにわざわざ出向いて来たんだけどね。」
ヴァーレフォールは訝しげな表情でヒーナを見た。
「そのために……まさか女王も?」
棟梁が最後の一人にとどめを刺した瞬間、彼もまたぼろぼろの身体でその場に倒れ込んだ。
ドーヴェ(香々美)は生首のまま心配そうに話し掛けた。
「あら、みんなやっちゃったんだ。可哀そうに。」
生き残った棟梁は彼女の言葉を不審に思い、動かない己が身体に鞭打って上体を起こした。
「うぐおぉぉぉ……!」
そして、やっとのことで上半身を起き上げ周囲を見渡した。
すると、あろうことかドーヴェだと思っていた者たちはすべて自分の部下だった。
棟梁は全身の力が抜けたようにその場へ突っ伏した。
「き……貴様……。」
香々美は少し眉を顰めながら闘技場の誰もいない場所を見つめた。
「ちょっと待って。今はあなたの相手をしてる場合じゃないのよ。」
棟梁は既に意識を失っていた。
ヒーナは少し身を乗り出してドーヴェの視線の先にある場所を見つめた。
「いいえ、女王は来てないわ。ここにはね。けどほら、あれ。もう来た。」
するとそこにドーヴェと同じくらいの背格好の少女が現れた。
少女は白っぽいドレスを身に纏い頭には金の冠を戴いていた。
それを見た瞬間、ヒーナ以外のすべての観衆及び関係者が椅子から離れその場にひれ伏した。
静まり返った会場でヒーナは一人立ち上がり声を張り上げた。
「国王アリス様、万歳!!!」
するとそれに続いて観衆も顔を上げ万歳の姿勢をとった。
「国王アリス様、万歳! 万歳!」




