554 魔王の知り合い
男はあたりをきょろきょろと見回した。
「おい、誰だ! 趣味の悪い冗談はやめろ!」
そう、ここは魔術の国。
これ位の悪戯など造作もないことなのだ。
ただ、流石に暗殺集団の棟梁ともなれば目標の命を奪ったかどうか位は明確に感知できる。
ドーヴェは先程確かに自分の手によって命を落としたのだ。
ヒルデリカはミガを担ぎ入り口付近に到達するまでの間彼女がこのような有様になってしまった絡繰りについて考えていた。
だが、その答えは到底理解しかねるものだった。
ヒルデリカはどうにも収まりようのない不安をひしひしと感じていた。
それは得体の知れぬ、触れてはならないものに手を出してしまったのではという恐怖にも似た感情だった。
私は怯えているのか?
それに気付いた瞬間ヒルデリカはゾクゾクッと背筋が凍りついた。
正体不明の戦慄に襲われたのだ。
ヒルデリカは自分を落ち着かせるように言葉を発した。
「いえ、ドーヴェはもう殺されたのよ!」
そして顔面蒼白となっているその顔でドーヴェの方を振り返った。
気付けば何やら観衆がざわめいている。
ある者は大声を上げ、ある者は悲鳴を上げた。
「ん?」
どうやら中央のあたりが騒がしくなっているようだが……。
そのことでヒルデリカの恐怖心は少し和らぎはしたが、今度は何が起きたのかという懸念が彼女を不安にさせた。
近くにいたノーグが今の状況をヒルデリカに説明した。
彼女もドーヴェの死によって平常心を取り戻したようだ。
「誰かが悪戯してドーヴェが喋っているように操作しているみたいです。」
だが、ヒルデリカはその説明に疑念を抱いた。
「悪戯ですって? まさかそんな……。」
そう、そんなことができる人間などこの会場にいるはずがないのだ。
勿論操作系の能力者なら五万といるし彼らのほとんどがこれ位のことはやって除けるだろう。
そうではなく、ここでこの勝負に茶々を入れるような人物がいるわけがないということだ。
生徒会役員の四人全員が誇りと名誉をかけたこの戦いにこのような安っぽいおふざけで水を差すような者がいればその後に待ち受けるものはドーヴェの二の舞だ。
果たしてそんな愚者、または勇者がここに存在するだろうか。
否、大人をも含めてそんな人間は一人すらいない筈なのだ。
……では何故にドーヴェの首は声を発している?
あの妙に耳につく笑い声は何なのだ!?
ヒルデリカは救いを求めるように教師陣の座る席の方へと目を走らせた。
そこでは校長をはじめ全教師陣が訳が分からぬといった様子でドーヴェの首をただ見つめていた。
教師たちでさえドーヴェの状態を掌握できないでいることにヒルデリカは愕然とした。
そしてまた、ヴァーレフォールもその狼狽える教師陣の中に埋もれていた。
魔王たる彼でさえドーヴェが何をしたのか皆目見当がつかなかったのだ。
本体こそ八次元を超えるものの、ここにいる魔王はハジュン同様三次元を僅かに上回るだけの所謂影のような存在なのだ。
ただ、それでもこの三次元世界では絶対者と言えるのだが。
だが、今のドーヴェ(香々美)は彼の本体さえも凌駕し得る存在となっていた。
つまり、本体の影に過ぎない一介の分身が到底敵う相手ではないのだ。
魔王は混乱していた。
奴は、一体何なのだ!? この俺が奴の正体をまったく掌握できないだと? 嘘だ! そんな人間がこの世界にいるはずがない!
その時、彼の記憶の中に何かが入り込んで来た。
ふと隣を見るとそこには見覚えのある少女が座っていた。
「あら、ヴァーレフォール先生。どうなさいましたか?」
「や、やあ、ヒーナ君。久しぶり……だね……。」




