551 人は何ゆえに己を鍛えるのか
つまり、この三次元という宇宙最凶の奈落で生活している人間がもし一度この環境を脱出できたなら……。
そう、そこはその人間にとって正に望むまま、自在の場所となるわけだ。
よくよく考えてみれば三次元を脱するまでの道のりは険しかった。
GmU、ハジュン(第六天)、oneとリム、そしてヘスティアたちとの死闘、そしてこの世界に来てからたった一人での修行を乗り越えやっと三次元より少しだけ高い場所に触れることができた。
しかもそれは非天と歌寺の高次元能力への覚醒に触発されたことによる要素も多々あったのだ。
いや、恐らくは自身が香々美フジコとして生まれて来るまでにも彼女は様々な苦行を為してきたのだ。
所謂前世やら過去世やらがあるなら、或いは別の世界で、或いはこの形ではなく、その苦行は様々な形で為されて来たのだろう。
だからこそ今の彼女があるのだ。
さて、ところがその後はどうだろう。
三次元を超えるまでは相当の苦労をして来たわけだがそれを超えてからは何というか、とても順調だった。
何かこうコツを掴んだというか、そこから七次元に至るまでは難所こそあったものの意外とスムーズに来てしまったような気がする。
今まで何世にもわたってここまでの能力を構築してきたのだとしたら、ここ数回の人生では一回につき一次元レベルアップしているのだ。
うん、確かに……本来なら三次元から四次元にレベルアップするよりずっとずっと段違いで難しい筈なのに……。
もしかしてカナタが超次元生命体となり得た理由もここにあるのか。
三次元にある者が何らかのきっかけで高次元に達すると、その後通常では考えられない速さでめきめきとレベルを上げて行く。
その挙句、次元を超越する力を持つカナタのような存在となる。
最底辺の奈落にあるべき者たちがやすやすと超次元に達してしまうとなれば三次元人を見下しているルシフェルとしてはそりゃあ黙っちゃいられないだろう。
何せ彼は絶対不変な序列が支配する世界こそがすべてを内包する超次元世界のあるべき姿だと考えているのだから。
取り敢えず地平線の彼方に何が隠れているのか分からない今、香々美にできることはすべての可能性に対して予防線を張っておくことだった。
とは言っても七次元的にしかできはしないのだが。
「まあ、こんなこと考えても仕方のないことだわ。今はそうね、あの練習でもやっておこうかしら。」
ヒルデリカたちとの決戦を目前に控えた香々美はそう呟くと何やらいきなり「わっはっはっはっは!」と笑い出した。
「うーん、違うな……。きゃはははは! いや、ぎゃはははは! うーん、どっちがいいかしら……。」
試合の時間はすぐに訪れた。
競技場は観客の熱狂ぶりからして既に円形闘技場と化していた。
ドーヴェ(香々美)はゆっくりと闘技場の入り口から姿を現した。
会場からは笑い声や罵声が鳴り響いた。
ここでドーヴェに加勢しようとする者が親族を含めて一人もいなかったことが会場全体に『ご報告』として告げられた。
それを聞いたドーヴェの項垂れた姿は競技場の観衆を大いに沸かせた。
観客たちの嘲笑や野次、怒号が一通り収まったところでヒルデリカから申し出があった。
内容はそちらも一人だからこちらも一人ずつ出ましょうというものだった。
因みに試合を行うヒルデリカたちとドーヴェの声は魔術装置によって拡声されていた。
それに対してドーヴェの吐いた言葉は観衆のみならずすべての関係者を激高させた。
「負けた時の言い訳にするんだ。あははは。私なら一人で大丈夫。何ならここにいる全員敵に回したって余裕で勝つから。」
まだ試合も始まっていないというのにミガは怒りに任せて大威力の電撃魔法を打ち出そうとした。
モリンガが慌てて手を振り上げているミガを静止した。
そんなミガたちを無視するかのようにドーヴェはその憎まれ口を今度は観衆たちにも浴びせ始めた。
「おい! そこで見ているだけのゴミ虫ども! 私が怖いんだろう? 全員でかかって来いやぁ!」
これには生徒ばかりか教師や関係者たちも怒り心頭、大いに憤慨し激高した。
学園の校長も身体を震わせながら周囲に当たり散らした。
「何ということか! 恥を知れ! おい! 何故あんな生徒を受け入れたんだ!」
ただ、その二列後ろの椅子にひっそりと座っていた一人の教師だけはその光景を興味ありげに観察していた。
その教師こそヴァーレフォール、魔王の仮の姿だった。




