546 過去改変してしまったと悩む必要はない
香々美は十一歳の三次元人の子どもとして単純にそう感じていたが敢えてこれらを口には出さなかった。
彼女には恋愛の経験がないからこんなことを考えたとも言えるし違うとも言えた。
香々美はこの一度目の人生に於いて(能力が四次元に達していなかったとは言え)既に人元の高次元部分にまで通じていた。
つまり彼女の精量術はGmUを超越するくらいのレベルには達していたのだ。
それによって香々美は自分と人元を同じくする人々の情報も僅かではあるが会得していた。
その中には結婚して幸せな家庭を築いた者もいたし子どもを立派に育てあげた者もいた。
それはすべて香々美の経験であり、違うともいえるのだ。
だからこのジャヒーの言った言葉はとても軽く下品に聞こえてしまったのだ。
そもそもこのジャヒーはこの後到底幸せな家庭というものをつくり上げることができないのは確定していた。
彼女はこの後早々と命を落とすのだが(これもほぼ確定で)、そこを生き残ったとしてあらゆる可能性を網羅したところで絶対に幸せな家庭を築くことはできないのだ。
それは彼女の生まれついての運命というか、いや、ここまで確定的だと宿命ともいうべきか。
今のジャヒーが彼女の言う恋愛からまともな、と言うか普通の、いや、最低限の家庭を築ける確率はこの地球が1秒以内に一兆光年の彼方に移動する確率より低かった。
ただ、この奈落と呼ばれる三次元に生きる生命体というのはそんな確率さえも何らかのきっかけで覆してしまうことがある為、香々美もそうそう安易に決めつけることはできなかったのだが。
香々美の能力が四次元に至った時、彼女はそのことに気が付いた。
それが三次元生命体の摩訶不思議なところでありこの事実は香々美を大いに困惑させた。
そりゃあ高次元や超次元の生命体もこの奈落には攻めずらいわな。
とは言え、香々美自身も奈落たる三次元観世界のそのような御業に助けられた一人ではあった。
ハジュンやone、ルシフェルを相手にしても何とか無事でいられたのにはまだ彼女さえ理解しきれていないこの奈落に潜む『何らかの則』のお陰としか言いようがなかったのだ。
香々美はすべてが終わった後oneたちによって地獄に引っ張り込まれてしまうであろう生徒会衆や自分の仲間になる人間たちがこの御業とやらで少しでも刑が軽くなることを期待した。
だが、それと同時にやっちまったことに関してはやはりどうにもならないことも分かっていた。
この三次元世界での過去への移動(または過去改変)は恐らくあの超次元生命体でさえも不可能だろう。
これが高次元なのであれば、香々美たちがそうであったように並行世界に於ける過去若しくは未来に移動することはできる。
だが、三次元世界に於いては絶対に不可能なのだ。
では香々美たちが元の世界に戻る時、その過去に行けばよいのではないか?
だが、それも不可能としか言いようがない。
元々彼女たちがいた時空(つまりは時間と場所)には彼女たちのτファウンデーションが紐付けされているのでそこに戻ることはできる。
だが、そうでない元の世界の時空にはぴったりと帰還することはできないからだ。
それは大きさのない点同士がぶつかる確率0に等しいのだ(この世にまったく同じ状況を作れぬ限り)。
ほんの僅かなずれがあっても元の世界とは異なる別の並行世界に行き着いてしまうということだ。
閑話休題、香々美は取り敢えずジャヒーの方は無視してエストリエに声を掛けた。
「あなたはさっきから何をなさってるの?」
エストリエは肩で息をしながらドーヴェ(香々美)を睨みつけた。
「はあ、はあ、あなた! 一体何をしたの!?」
先程から試している魔素吸収は何故かすべてアラの方に向けられてしまっていた。
アラもエストリエに魔素を吸収されたことで彼女の隣にへたれこんでいた。
既に氷の一欠片だって出すことはできない有様だ。
香々美はわざと欠伸をしながらそれに応えた。
「大きな力も方向性が大切ってね。まあ、三次元的方向性だけで済んじゃったみたいだから助かったわ。」
ここで部屋の外からこちらの様子を窺っていたミガがつかつかとこちらに向かって来た。
「あら、どうしたの? エストリエ。何だか疲れている様子だけど……。」
エストリエはやっとのことで息を整えながらミガの方を見た。
「ミガ……いえ、ちょっとね。こちらの新しく来たドーヴェさんに色々と教えてあげていたところよ。」
来週お休みするかもしれません
その時は再来週再開となりますのでよろしくお願いします




