545 人の数だけある形
モリンガはこのドーヴェであれば今の自分を曝け出してもよいと考えた。
「分かった。実を言うと俺も前から考えてはいたんだ。その嫌悪感の原因とやらをな。だが、今君に、いや、あなたに言われて少しだけ分かったような気がする。そうだな、先ずはさっきの……俺たちが『まとも』かどうかってやつ。それについて考えないといけないな。俺はこれから自分の常識ってやつをすべて取捨選択し直す。そして、必ずやこの嫌悪感の正体、そして魔術ってものの正体を暴いて見せる!」
自分の価値観を覆すには相当の覚悟と勇気が必要だ。
いや、それどころかそうしようと決意することさえままならない。
それはある意味今までの自分を否定することにもなり兼ないからだ。
だが、このモリンガであれば必ずや真実を暴いて見せることだろう。
香々美から見ると彼にはそれだけの機根が整っていたからだ。
ドーヴェ(香々美)は最後に「私をあなたって呼ぶのはやめて。ドーヴェでいい」と注文を付けた後、期待している旨のことをポツリと言い残しその場を去った。
そして、次に向かったのは女子寮の中に設置されているレストルームだ。
ここは基本この寮の食堂であるがそれ以外の時間帯は休憩所として解放されていた。
香々美がレストルームに入るとそこでは何組かの生徒があちらこちらで会話を楽しんでいた。
ドーヴェは一人、一番奥の窓際にあるテーブルに歩み寄った。
そして、彼女がそこに座ろうとすると一人の女生徒が声を掛けて来た。
「あなた、そこはダメよ。」
その女生徒の後ろからは二人の生徒が怪訝な顔をしてドーヴェのことを睨んでいた。
どうやら穏やかではなかったがドーヴェにとってはこれも決まり切った経過の一片に過ぎなかった。
声を掛けて来た女生徒はエストリエ、後ろの二人はアラとジャヒーだ。
三人は生徒会の取り巻きで家柄もそこそこだ。
エストリエは生徒会副会長であるミガの遠縁であるということもあって他の二人を率いているといった感じだった。
彼女の家系は吸収系の魔術を保持するものが多かった。
エストリエの場合は対象者の周囲にある魔素を自分の方へ引き寄せる力を持っていた。
それによって相手の魔力を減退させて自分の魔力を増幅するのだ。
また、アラは氷系魔術を得意とし、ジャヒーは対象者の恋愛感情を操作して罠に嵌める。
一度目の人生ではこの三人も地味に香々美を苦しめた。
ほんの一瞬だけだったが……。
特に恋愛なんちゃらについての蘊蓄をヒステリックに捲し立てるジャヒーにはうんざりだった。
その時は生徒会衆がやって来る前にこの三人が妨害しに来たのだ。
ヒルデリカたちとしてもこの三人を宛がうことでこちらの様子を観察したかったらしい。
だが、当たり前のことながら三人の全力は一切ドーヴェに通じることはなかった。
ジャヒーは自分の技がまったく効かないドーヴェに対して怒りをぶちまけた。
「恋愛というのはねえ、人間にとって一番上に持ってこなくちゃダメなのよ!」
「恋愛も知らないようなガキが人間について何が分かるってのよ!」
「恋愛がなきゃ人類は滅亡しちゃうのよ! 子どもだって生まれないんだから!」
香々美はただ黙ってそれを聞いていた。
能力を一切抑え一人の子どもとして彼女の言葉を聞くことにしたのだ。
こういった下等な論説はどこがおかしいのかを考えるのが楽しい。
その為にはハイレベルな思考はかえって邪魔になるのだ。
だがそれでも香々美は知りたくもなかった情報をその能力の高さ故に知っていた。
せめて成功させてから言って欲しいんだけど……そうはいかないのか……などと頭の中で思いながら香々美はジャヒーを憐れんだ。
分かっていたことではあるが彼女の一つ一つの断言たるやあまりにも下劣過ぎた。
勿論これは魔素による影響も大きかったが元々の彼女の性分あってこその物言いだった。
で、結局のところ香々美は彼女のすべてを鬱陶しく感じてしまうのであった。
ふう、やれやれね。
香々美はジャヒーの言ってることを聞きながら怒涛の如く溢れ出す愚痴を一生懸命抑えていた。
何より恋愛を一番上に持ってきてるあなたは嘸かし偉いのでしょうね。
恋愛を知り尽くすあなたは何もかも分かってらっしゃるのでしょうね。
恋愛なくても子どもはできるし恋愛なんて言葉がつくられる前は皆がそうだった。
だいたい恋愛で子どもって……そんなこと言ってんのは人間だけ。
何故人間だけなのかって断じて他の動物より優れているからじゃあない。
寧ろ恋愛至上主義者ってのはある意味動物以下の思想でしょうよ。
あ、これはあんたの中にある『恋愛』ってものの話だけどね。
てか、あんたの言ってるその恋愛って何?
性欲と自己満、自己顕示欲だけからくるあんたの言ってるそれはそんなに貴いものなのかしら。
相手の顔が壊れただけで消えちまうその恋愛とかってやつは!




