544 答えよりも大事なこと
香々美はそのすべてを分かった上でこのような行動に出ていた。
この『分かった』とは何をどうすればいいのかが分かる、と言うよりは何が近道なのかが分かるといったような感覚だった。
勿論、知識としてはモリンガの身の回り(家族や生徒会など)のことも知ってはいたが、決してそこからこの行動を算出したというわけではなかったということだ。
例えば経験のない者が事業を達成するには必要条件の一つ一つを調べあげ、考え、計画し、準備し、実行するというように順序だてて事を進めねばならない。
だが、ベテランがそれを為そうとしたならそれらの行程をより迅速な手順でより正確に完結させることができるだろう。
何故なら彼らにとっては途中の考えや計画が大方既に決まっており、またそれらをたたき台として新たな立案やアイデアを取り入れることでより多くの無駄を排除し早期の達成を実現させることができるからだ。
また、今までの経験から注意すべき点やうまくいかなかった時の対処、事をうまく運ぶためのノウハウを持つことも初心者より有利な点と言えよう。
通常の人間であればそれでもどこかで上手く行かなかったり新たな要素への対処、想定外の事態も起こり得る。
しかし、高次元の能力を持つ彼女にとってこの程度の単純作業は完璧且つ朝飯前に為せてしまうのだ。
と、言うかほとんど精量がやってくれるレベルなのだ。
ただ、高次元と言ってもあまりやり過ぎるとまた訳の分からないルールとやらに引っ掛かってしまうやもしれない。
そこで今回はでき得る限り(高くても)四次元までの能力を以って事に当たることにしていた。
それでもこの三次元世界では過ぎた力ではあるのだが……。
さて、話は戻るがモリンガは内心喜んでいた。
目の前の超人が自分の母をこんなふうに認めてくれていたことを。
モリンガはドーヴェの次の言葉を待った。
ドーヴェはそれに応えるかのように一つの指示をした。
「力を付けて。」
「力を……魔術のことか?」
「さっきから何を聞いてるの? まあいいわ、好きなように頑張って。私に勝てるように。」
「勝てるようにって……そんなことが可能なのか?」
「そら無理でしょう。」
モリンガはズルッとこけた。
どうやらいつもの暢達な彼に戻ったようだ。
「今、勝てるようにって言ったろう?」
「そう、最終的には今の私くらいは倒せなくっちゃね。」
「今の私?」
「そう、私はさっきほとんど何もしちゃいない。勿論魔術も使ってない。」
「あ、そうか……。そうだ、それについて聞きたい。さっきから母さんのことをまるで正しいみたいに言ってたが、つまりその、魔術は使うべきじゃないってことなのか?」
「そう、私も魔術は使ってない。一切ね。」
「む……ドーヴェ、君は魔術なしで一体どうやって俺の攻撃を防いだんだ? ……いや、躱したんだ? それもすべて! 一発すら掠りもしなかった。」
そのまま答えたところで今のモリンガでは納得できない点もままあるだろう。
それに言葉としては同じ答えであっても人それぞれその捉え方は違って来るものだ。
それが個性であり人間の良いところでもある。
だからモリンガは自分でその答えを見つけるべきなのだ。
この場合、その答えに行き着くまでの思考こそが重要となるからだ。
ヒントは与えた。
後は彼がどれ程今までの固定概念を打ち破りそれを超える己の価値観をつくり出せるかだ。
香々美はここで彼自身が一度ゆっくりと自分を見つめ直す機会を与えた。
「それならあなた、魔術についてもうちょっと考えてみて。魔術って何なのか。どうしてあなたの母さんは、そしてあなたは魔術に対して嫌悪感を抱くのか。それが分かったなら教えてあげなくもない。どうしてあなたの攻撃が私に当たらなかったのかをね。」
モリンガはこれが自分の為を思っての指示だと直感的に悟った。
彼がドーヴェをここまで信用できたのは先程の戦闘で見せた彼女の神懸かった力に対する畏怖から来るものだけではなかった。
それは周囲の者の自分に対する言動や態度と明らかに一線を画すものを感じたからだった。
今までの周りの連中ときたらやれ男らしくないだとか、やれマザコンだとか、そんな中傷ばかりして彼を馬鹿にして来た。
ところが、圧倒的な剣技を彼が身に付けていくに従ってそういった罵詈雑言は身を顰め皆が手のひらを返すように褒め称え始めたのだ。
本当に彼の為を思って言っていたのであれば最後まで言い続けるべきだったろうに。
結局偉そうなことを言っていたのは彼がまだ力を持たない子どもであった為であり、排他的で利己主義的、自己中心的、暴力的、畜生的な稚拙で矮小、考えなしの無様で卑怯極まりない無責任な言動をぶつけていたに過ぎず、彼が力を持つようになればこのざまなのだ。
世に蔓延る威張っている人間、偉そうな人間が皆そうであるように、まさにゴミ。
モリンガはそういった連中を心底蔑んでいたし、いつの日か全員の首を切り落としてやろうとさえ考えていた。
だが、目の前の少女はそれとはまったく違っていた。
その実力もさることながら彼女は母を慕う彼を不当に評価せず、寧ろそれが正しいことであるかのように真実の情報を以って無知な自分を諭してくれたのだ。




