543 彼らにとっての神
香々美はモリンガを諭すように話を続けた。
「あんたの母親はね、その兄が成長と共に変貌していくのを見て確信したのよ。」
モリンガは初めて聞くその切り口に目を丸めた。
「そうなのか!?」
香々美は説明を続けた。
「彼女は当初自分の教育であんたの兄、ペレトだっけ? そいつをまともにできると思ってた。つまりまあ、その時点でこの領域の奴らがおかしいって気付いてたんでしょう。あんた同様元々魔術を使わない人だったからね。唯一まともだったのよ。」
モリンガは眉を顰め首を傾げた。
「周りの奴らがおかしい……か。だが、おかしいって言っても……どこがおかしいって言うんだ。」
香々美は彼がピンと来そうな例を一つ挙げた。
「例えばそうね、副会長のミガ・イヴリスなんかは? あれがまともだと言える?」
モリンガはそれを聞いて驚愕した。
何故ドーヴェが彼女のことを……恐らくは暗殺部隊を差し向けたことを知っているのか。
「なぜそれを……!」
モリンガはそう呟くとそこで言葉を詰まらせた。
つまり、彼はここでドーヴェのその計り知れない何ごとかを感じ取ったのだ。
先程の戦闘といい、今の会話の内容といい、すべてが彼の常識を超越したところにあった。
一体彼女は何者なのだ?
自分は一体何と話をしているのだ!?
ここでモリンガはある存在のことを思い出した。
神……。
だが、彼らの中にある神とは人間にあらゆる罪源を注ぎ込んだ元凶だ。
そして、その神を打ち倒し追い払ったのが今の王家の祖であり我らが主たる魔王様なのだ。
そんなことを頭に浮かべていたモリンガの耳にドーヴェから衝撃の一言が告げられた。
「まあ、この国の神話、伝説とやらが真実かどうかってことよね。」
考えを読まれてる……のか!?
モリンガはドーヴェのその一言で一瞬思考が止まったが、やがて観念したように首を振った。
「ああ、そうだな。そう言えば母さんも同じようなことを言ってたよ。」
そう、ドーヴェは自分のすべてを知っている……ような気がした。
神か悪魔か、将又まったく別の何かなのか。
何れにしても目の前の少女が言ったことはどうやらすべてについて的を得ているようだった。
何より彼女の口を突いて出てくる言葉は何もかもがしっくりくるのだ。
彼女が自分をねじ伏せその実力を見せつけた理由も今なら理解できるような気がした。
先程までの自分と来たらまるで子どもだったのだから。
あれだけ凹ませてくれなかったら俺はドーヴェの話にすら耳を貸さなかっただろう。
そんなことを思いながら彼は苦笑いしつつ内心で悄気るしかなかった。
実を言えば最近ほんの僅かではあるが魔術を取り入れた武技の練習にも手を出していた。
それは兄との実力が日増しに開いていることに焦りを感じていたことから来る行動だった。
そして、その効力と来たら思った以上に絶大だったのだ。
彼は思わずその威力に魅了された。
こりゃあ、兄の力が優秀なのも頷ける。
だが、これならその兄さえ、いや、父さえも凌ぐ力を持つことが可能だろう。
モリンガは周囲に人がいないことを確かめるともう一度魔術を込めた一撃を放ってみた。
するとその一振りの中に凄まじいエネルギーが付与されているのが見て取れた。
魔術の力……この手応え……何という効果!
モリンガは危うくその魅力の虜になるところであった。
そんなモリンガの邪念を遮ったのは今日に至るまでの母の言動と己の信条だった。
「ああ、いかんいかん! 危うく魔術の力に取り込まれるところだった……やべえやべえ!」
彼は何とかそのことに気付き、改めて魔術を使わないことを決意したのだった。
何故そう思ったのか。
その理由は分からなかったが以前同様兎に角嫌な感じがしたのだ。
そして次の日、つまりこの日、前日の魔術行使によりイライラしていたモリンガはドーヴェの挑発に見事乗ってしまったというわけだ。
モリンガがあの卑怯な技を使ってまでも魔術を取り入れようとしなかったのにはこのような経緯があった。




