542 何なのだ、この人は……!
冷静になったモリンガはドーヴェに尋ねた。
「できたら教えて欲しい。ここへ何しに来たんだ? 俺に何か用でもあったのか?」
香々美も冷静な口調で返事をした。
「まあね。じゃあ、その前に質問。あなた、魔術を使わないのは何で?」
モリンガは素直に答えた。
「ああ、そうだな……。何だか嫌な感じがする……からかな。」
香々美は少し突っ込んだ話をしてみた。
「あんたの母親も魔術を使わないわね。」
モリンガは少し驚いた様子でそれに応えた。
「あ、ああ。よく知ってるな。そうだ、母さんも使わんな。理由は同じ、寧ろ俺はその影響を受けているだけなのかもしれん。だから技にも魔術を織り込んだりはしない。てか、学校の授業以外では使わないな。」
香々美はにっこりと笑って人差し指を上に向けた。
「正解!」
モリンガは少し戸惑った。
「え、どうゆうこと?」
香々美はその理由を告げた。
「嫌な感じがするってところ。」
「ん? どうゆうこっちゃ。」
「あなたも何となく気付いてると思うけど。魔素はね、人の心を狂わせるのよ。」
モリンガはそれを聞いて暫く考え込んだ。
「魔素が人心を狂わせる……だと? だが、周りの人間はそんな狂っちゃいないようだがな。」
香々美は顔を少し前に出してモリンガの目を見つめた。
「本当に?」
モリンガはやや顔を引っ込めながら苦笑いした。
「ああ、父も兄も凄んげえ魔術を使うけど立派な武将だし、それに生徒会のやつらだってとんでもない魔術の使い手だが知能、学力、身体能力、さらにはルックスまでも。三人とも文句のつけようがないぜ。」
香々美は今度は少し残念そうな顔をして見せた。
「そう……。」
モリンガは何か痛いところを疲れたような感覚を覚えた。
「何が言いたい?」
香々美はサーベルを鞘に仕舞い込みながらそれに答えた。
「その答えはあなたの感じた『気付き』の中にもうある。」
モリンガはその言葉に心当たりがあったため思わず口を紡いでしまった。
「う……。」
香々美はその様子を見て話を切り替えた。
「あなたのお母さんは周囲の人から変人扱いされてるそうね。」
モリンガはその言葉を聞いた途端香々美を睨みつけた。
「何だと! うちの母さんが何だって!?」
香々美は少し不貞腐れたように言い返した。
「ちょっと、言ってるのは私じゃないでしょう。」
モリンガはぐっとその怒りを抑えつけた。
確かに彼の母親を馬鹿にしているのはドーヴェではなく父や兄をはじめとした周囲の人間たちだった。
だが、モリンガの母はそんな世間の目も気にすることなく自分のやり方を貫いていた。
彼はそんな母を幼少の頃から尊敬していたのだ。
香々美はそのことについてきっぱりと言い放った。
「私からすればあんたの母親がまとも。悪口言ってる周りがおかしいのよ。」
その言葉を聞いてモリンガは我が耳を疑った。
そんなことを言われたのは初めてだったからだ。
「それは……どうゆうことだ?」
香々美は肩を一つ竦めてからそれに答えた。
「どうもこうもないでしょう。あんたの母親が正しいってこと。あんたの母親はね、疾うの昔に魔素の危険性を感じ取ってたってわけよ。さっきの手合わせであんだけ追い詰められながら……別に私が追い詰めたわけじゃないけど……魔術を使おうとしなかったあんたならもう気付いてるんじゃない?」
モリンガは唖然とした目で彼女を見た。
「いや、そんなこと言うやつ……初めてだ。」




