540 八度目の編入手続きを終えて
七次元まで上り詰めてしまった香々美にとってお膳立ての手加減は難関であった。
望むと望まざるに拘わらず精量が勝手にお膳立てしてしまうからだ。
それはもう完璧に、見事なまでに。
香々美は八度目の人生、つまり現在に当たり取り敢えず自然な流れで行こうと考えた。
編入手続きが終了した彼女はこの後起こり得る様々なパターンを自らは選択することなくヒルデリカたちの出方に任せることにしたのだ。
勿論ヒルデリカたちの行動パターンも大方理解していたが、そこは目をつぶるようにして自ら高次元の計算を封印した。
ただ、計算せずとも予測を立てずとも今生に於ける生徒会メンバーの動向は今までの経験から分かってしまうところでもあった。
ヒルデリカは今までにも増して魔素を封じており、最初と比べれば大分大人しくはなっている。
モリンガも今世は魔術に触れることなく王族で唯一といえるほどまともな精神を保っていた。
とは言え二人とも魔素にまったく触れていないわけではなく、しかもこの王族領で生活して来たわけだからとてもまともな神経、褒められた価値観とは言えなかったのだが。
これらのことを踏まえて現状から推測するに、今回のミガは恐らく今までで最悪に近い状態と言えるだろう。
ノーグは少し大人し目かもしれないが今まで通りいつ凶行に出るか分からないという怖さがあった。
さて、ルールに則れば自分に飛んでくる火の粉はいくら払っても問題はない。
勿論、相手を傷付けたり死なせたりする必要はない。
単に脳内の情報を操作してやれば三下(つまり全人類)の出る幕ではないのだ。
ミガが今までに差し向けて来た暗殺部隊にしても王家お抱えの偵察部隊にしてもすべて香々美の精量術により封じられていた。
皆、彼女に関する脳内の情報を改変され、捻じ曲げられ、或いは消去されていた。
香々美の精量術はこの世のすべてを超越していた為、精量にしても既にそう呼ばれるべきものではなかったのかもしれないが彼女はそのままそう呼んでいた。
また、鳥山のシロタエや非天のリベ・ルナのようなお話しできる存在を作りだすこともできたがそれはしなかった。
何かに呼称を付けるのは苦手だったし対話するのも面倒くさかったからだ。
それに何も言わずとも勝手にやってくれた方が楽だということもあった。
ドーヴェ(香々美)が編入の手続きと挨拶を終えて教職員棟から出ると、そこには女子寮の寮長でもある副会長のミガが待ち構えていた。
ミガは平静を装い淡々とした態度で自己紹介した。
「ごきげんよう、ドーヴェ・アナンタさん。私は女子寮の寮長でミガ・イヴリスと申します。以後、お見知りおきを。」
「ごきげんよう、ミガ・イヴリスさん。今日からこちらの学校でお世話になるドーヴェ・アナンタと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
香々美はミガの様子を見て心の中で呟いた。
あっちゃー、こいつは今までん中で一番ダメなやつだ……と。
今まではヒルデリカの役割であった監禁と拷問は、今回からミガの役割になるらしい。
さてと、監禁される前に他の三人とも関係を作っておかなくちゃ。
その日の放課後、香々美はモリンガの所へ足を運んだ。
モリンガは男子寮の裏手にある公園でいつものように剣技の訓練をしていた。
「497、498、499、500!」
日課の素振りを終えてその場に倒れ込んだ彼は汗を拭いながら先程からこちらをじっと見つめている少女に声を掛けた。
「おい、そこにいられると訓練の邪魔だ。今すぐに消えろ。」
その少女はゆっくりとモリンガに近づいた。
「魔術、使わないんだ。」
モリンガはこの少女がドーヴェであることを知っていたが敢えて触れようとしなかった。
彼はややドスの利いた声で唸るように告げた。
「うるせえよ、消えろ!」
香々美はにっこりと微笑んでみせた。
「それじゃあ私と勝負しましょう。負けたら立ち去るわ。」
モリンガはドーヴェの方をちらりと見た。
「ほう、お勉強の秀才がこの俺とやろうってのか。死ぬぞ?」
香々美は何処からか持ち出してきたサーベルを腰から抜くと冷たい眼差しでモリンガを見た。
「死ぬのはあんたの方よ。」




