535 情報の前に仮想も現実もない
ヒルデリカについては香々美が転生する度に魔素に触れる機会が減り、少しずつだが邪気が減少していった。
それは幾度もの人生でドーヴェ(香々美)とかかわるにつけ、ヒルデリカの人元に隠されていた高い浄化能力や危機管理能力が発動した為であった。
対してミガやノーグは不安定であった。
ミガは今回のように初めから攻撃的であることもあれば、この時点ではドーヴェのことなど意に介さず後になって慌てて策を講ずることもあった。
また、ノーグはヒルデリカとミガの出方次第でその態度が大きく変化した。
何故なら彼女はミガを利用してヒルデリカを暗殺しようとしていたからであり、その野望自体は毎回変わることがなかったからだ。
さて、それでは香々美がこれからやらなければならないトホホなこととは何なのか。
それはこの世界で仲間を作ることであった。
ロールプレイングゲームではお決まりの『仲間づくり』こそ彼女がやらなければならない仕事だったのだ。
しかも、先ずはあの生徒会の四人から仲間にしなければならないことは確定していた。
他のルートもあるにはあるのだが、彼女の計算ではこの四人の攻略から始めるのが最も最短且つ楽な道筋なのだ。
香々美がこのことに気付いてしまったのは最初の人生の時であった。
ところが、魔王を倒せそうだと確信した香々美は取り敢えず倒してみたのであった。
それは,ひょっとして魔王を完全に討伐できれば嫌なこと(仲間づくり)をせずに済むのではないかという淡い期待からだった。
だが、そんな彼女の望みは儚くも消え去ってしまった。
そして遂に観念せざるを得なくなったというわけだ。
ドーヴェ・アナンタとして編入手続きを済ませた香々美は前回、七度目の人生を思い返し辟易した。
実のところ香々美はこうなる可能性もあるだろうと前回の人生であることを試していた。
情報操作で生徒会の連中が仲間になるまでを演出して見せたのだ。
例えばヒルデリカとの決闘の場合、先ずは彼女の執拗な攻撃をすべて受け流して見せた。
物理攻撃も狡猾な策略もすべて何事もなかったかのように撥ね退けてやったのだ。
自分の無力さとドーヴェの神憑った圧倒的な強さにヒルデリカは平伏すしかなかった。
勿論そんなことは実際には行われていなかったし、ドーヴェの肉体はそんなに強くはなかった。
いや、寧ろヒルデリカが欠伸交じりで放ったファイヤーボール一発で消し炭になるほどひ弱だった。
だが、ヒルデリカがドーヴェ(香々美)の精霊術によって体験させられたことは彼女にとって真実でしかなかったのだ。
ヒルデリカは最後の勝負に際し、もしこの戦いで敗北したら今後一切魔術を行使せずドーヴェの家来として魔物退治を手伝う旨を観衆の前で公約した。
勝負は生徒会四人とドーヴェ一人。
それほどまでに生徒会の四人は追い詰められていたのだ。
副会長のミガは再三に亘る敗北にブチ切れていた。
会計のノーグは今ここでドーヴェを倒しておかなければ自分の野望が潰えるであろうことを恐れていた。
モリンガの場合は単純で、こんな小さな女の子に毎回けちょんけちょんにのされ、その屈辱を晴らしたかっただけだった。
ただ、その所為もあってか彼も魔術に手を伸ばすようになっていた。
勿論これらは彼らが自分で考えて実行し、ドーヴェとの攻防を繰り返しているように作り上げられた記憶を香々美によって強制入力されたものだった。
つまり、ドーヴェと出会って一か月以上が経過しているようでいて実はまだ彼女が編入して来た当日だったのだ。
その後、ドーヴェとの最後の勝負で完膚なきまでに叩きのめされた四人は公約通りドーヴェの家来として魔物退治に同行することとなった。
四人は生徒会を後任に引継ぎ、学校を休学してドーヴェの旅に随行した。
初めのうちは嫌々付き添っていた四人だったが魔術を行使しないようになった為、精神がみるみる安定していった。
そして、旅が開始されて一週間が経過した頃には皆何かに気付き始めていた様子だった。
香々美は四人の状態を観測しつつ徐々に記憶の自立成分を増していった。
自立成分が増すというのは彼らの意思が作られた記憶に影響を及ぼす割合が増加するということだ。
ここまでは香々美が作成した記憶を強制的に入力されていただけだったのだが、それによって生徒会メンバーの意思や行動による変更が許されるようになった。
つまり、少しずつ現実に近いエピソード記憶へと変化させていったのだ。




