534 魔素の効力
まだ転生して間もなかった香々美だが、ドーヴェの精霊術で収集した情報から何とか今後の対策を打ち出してみた。
それは魔王を討伐するための道筋だ。
その中で香々美は自分の能力をもっと向上させる必要性を感じた。
そこで取り敢えず彼女たちの魔道具を取り上げて魔王が自分のことを察知できないようそれらを改造してみることにした。
ヒルデリカは次にドーヴェの両親を引っ張り出させると勝ち誇ったような顔つきで彼女に尋ねた。
「さあ、あなたの両親よ。どっちを生かすか選びなさい。」
これは無視するわけにはいかない。
香々美は面倒くさいなと思いながらも一応ヒルデリカの質問に答えることにした。
「どちらも殺さないでください。」
ヒルデリカは冷酷な微笑を湛えながらもう一度同じ質問を繰り返した。
「どちらか一人を選びなさい。じゃないと二人とも死ぬことになるわよ!」
香々美はドーヴェの目から涙を流しながら懇願した。
「選べません。二人とも殺さないでください。」
ヒルデリカはそんなドーヴェの姿を見下しながら今度は厳しい声を彼女にぶつけた。
「これが最後よ。どちらか選びなさい。でないとあなたがこの二人を殺したことになるのよ。いいの? あなたは両親を二人とも殺すことになるのよ。別に私は構わないけど。」
後ろでミガが笑い転げている。
香々美はそんなヒルデリカたちを試すようにきっぱりと言い放った。
「いいえ、私は殺しません。殺すのはあなたでしょう? あなたが私の両親を殺すことになるんです。この人殺し! そう呼ばれたくなければすぐに私の両親を開放しなさい。」
このセリフを言い放った後、香々美は少し焦った。
この場合、ドーヴェなら『両親』ではなく『お父さんとお母さん』だったかと。
自分の父母が殺されそうだというのに『両親を解放しろ』とはあまりにも客観的ではないか。
実際、香々美にとってこの両親と呼ばれる人たちは他人であったし何と言っても殺されることは既に回避してあった。
そのことから実際何の焦りもなかったということもあって香々美はつい『両親』という言葉を使ってしまったのだ。
だが、この言い方から下手をすればドーヴェの中に潜む何者かの存在さえも見破られるやも知れない。
実際ヒルデリカが冷静且つ敏感であればこのセリフにちょっとした違和感くらいは覚えたことだろう。
そんな香々美の暇つぶしめいた懸念も杞憂に終わった。
ヒルデリカたちはそのことに一切気付くこともなくドーヴェのその言葉に怒りを露にして声を荒げた。
「あ、あんたねえ……気でも触れたの!? 二人とも死ぬのよ? あんたの所為で! あんたの親が二人とも殺されるのよ!?」
香々美はわざと小さな声で言い返した。
「いえ、殺すのはあなたでしょう? 私は両親を殺しはしない。決して。」
ヒルデリカは顔を強張らせながら血走った目をして部下に命じた。
「二人とも殺しなさい……最も残虐なやり方でね!」
香々美はやれやれと肩を竦めながら小声で呟いた。
「ま、方針も決まったことだし。そろそろかな。」
香々美は能力と腕っぷしが強い者を数人見繕うと彼らを操って生徒会の四人から例の魔道具を略奪させた。
続いて自分の錠を外させ魔道具を受け取ると、その場は一瞬にして彼女の独壇場となった。
その後、ここから抜け出した香々美は魔王から身を潜めて修行を行った。
魔王はハジュンよりもずっと弱かったが、それでも修業はかなりしんどいものとなった(香々美にしてみれば)。
その修行が完了するまで(香々美としては屈辱の)三か月もの時間を浪費してしまった。
「むき~。こんなにかかってしまうとは。私が昼寝を二回にまで抑えて頑張ったというのに……。」
その三か月の大半が衣食住や生活のために浪費してしまっていたことは内緒。
そして、何とか目標の力を得た香々美は魔王と対決し勝利することができたのだ。
で、そんなこんなで今(八回目の人生)に至ったというわけだ。
ところで、生徒会の三人が平然と残虐な行為を繰り返す中、何故モリンガだけがこのような、つまりドーヴェを不憫に思い殺してやろうという気持ちを持つに至ったのか。
その理由はこの世界の魔素システムとその性質に関係していた。
魔素は精量を強制的に使用するための媒介であり、人によっては膨大な精量を一気に使役することができた。
これがこの世界に於ける魔力と呼ばれるものの正体だ。
そして、魔素の影響が浸透しやすい者ほどその魔術力は強大となるのだ。
つまり、ヒルデリカたち王族に属する者たちは魔素による精神への影響力がより強いということになる。
彼らの残虐性は正にここから来るものであり、それ故普段から魔術を嫌い滅多に使用することのなかったモリンガだけが他と比べてまともだったのだ。
とは言え、三回目の人生では彼もまた魔術に傾倒し精神を蝕まれていた。
どうやら不治の病を患っていたことや母親が早くに亡くなっていたこと等が関係していたようだ。




