533 転生の余韻に浸る間もなし
既知の心理的拷問の内容は様々だ。
ヒルデリカはドーヴェの拷問を考える時、王族が長い歴史の中で培って来たそれらの方法を参考にしてみた。
だが、その多くは肉体的苦痛を併用しなければ効果の薄いものだった。
そこで採用されることになったのがドーヴェ自身に彼女の近親者を殺害させるというものだった。
ただ、彼女自身に手を下させることは何かと骨が折れるだろう。
何が起こるか分からない相手任せの計画はヒルデリカたちとしても不安が残る。
何と言ってもドーヴェはあの魔王さえもが恐れる存在。
決して油断してはならないのだ。
ドーヴェを拘束したまま苦しめる方法は……。
例えば父と母、その他家族、親族、友人などから二人ずつ引っぱり出しドーヴェの決断によってどちらか一方だけを助けられるようにする。
よくあるどちらを殺すか決めろ的なものだ。
場合によっては救うと言った方を殺し、選ばなかった方をドーヴェと一緒に過ごさせるなんてことも計画してみた。
その時は「あ、間違ってしまったわ」などと言いながら笑ってごまかす算段だ。
ドーヴェは自分が命を救わなかった方の人間と共に過ごさなければならないのだ。
賢く優しい上に人生経験の少ない少女にとってこのような拷問はかなり効くであろうとヒルデリカたちは考えた。
香々美はよりによってそんな場面で転生して来てしまったのだ。
では何故この時だったのか。
少なくともヒルデリカは今すぐ彼女を亡き者にしようとは考えていなかった。
それは生徒会のモリンガが彼女を不憫に思って秘密裏に彼女を殺害してやろうと考えた為であった。
モリンガは魔王から授かった魔道具を保持していた為、この時のドーヴェの能力では精量を弾かれてしまっていた。
それ故、彼の動向を察知したり制止したりすることはできなかったというわけだ。
さて、本来ならこの場面でドーヴェは殺されてしまうところだったのだが、ここへ香々美が転生して来た。
香々美はドーヴェの記憶から一瞬にして事態を把握すると即座にこう叫んだ。
「私はまだ死ねない。殺さないで。」
ドーヴェはモリンガが近くにいることに気付けなかったが香々美はその記憶からモリンガが何をするか予測することができたのだ。
これはカナタが話していた内容から『自分が転生して来たこと』即ち『ドーヴェが死の淵に立たされている可能性が高いこと』という関連性も大きなヒントになっていた。
香々美はモリンガに向けて精一杯叫んだつもりだったが何やら気の抜けたような声になってしまった。
まだドーヴェの身体に慣れてない所為だろうか。
だが、それを耳にしたモリンガは取り敢えず殺害の手を止めた。
こうして香々美は転生ものでは一番情けないとされる転生直後の死亡を何とか回避したのだ。
ただまあ、それだけはないであろうことは分かっていたのだが。
香々美はこの四人には今の自分の能力が機能しないことを知った。
そこでその周囲にいる者たちを操作することにした。
ドーヴェの精霊術はとても使用感が良く香々美から見ても優秀な能力だった。
香々美は先ず親族らを実際に処刑する者やそれを監視している者らを操作することで彼らの殺害を食い止めた。
そしてヒルデリカたちには「処刑を完了しました」との報告をするよう仕組んでおいた。
これは彼女たちがその処刑を自分の目で確かめず、その報告だけで済ませるだろうことを利用したものだ。
いくら残虐だとは言えヒルデリカたちもまだ若い。
自分たちが殺害した者の屍を見るのは気持ちが悪いのだ。
ところで香々美は何故すぐにここから脱出しなかったのか。
彼女は今の現状を確かめたり考えをまとめる時間が欲しかったのだ。
それに今ここから脱出を図ったとしても魔王がどう出るか分からなかった。
香々美はドーヴェの精霊術を駆使してその魔王とやらについて更に深く調査し始めた。
それから三十分ほどヒルデリカたちは憎きドーヴェ(香々美)の拷問を楽しんだ。
ドーヴェのペットを彼女の目の前で虐殺したり知り合い通しを殺し合わせたり。
だがそれはすべて幻影だった。
魔道具の為、生徒会の四人に精量を近づけることはできなかったが彼女たちに伝わる前の光や音の波を変化させることはできたのだ。
また、ヒルデリカの命令によりそれらを実行するはずの者たちはすべて香々美が精霊術でコントロールしていた。
香々美はドーヴェの苦痛の表情を彼女の記憶から再現させてヒルデリカたちを油断させながら様々な情報を精査した。
そして遂に魔王の正体を把握することに成功したのだ。




