528 謎の編入生
午後になるとその編入生の乗った馬車が校門を抜け学園の敷地内へと入って来た。
数世代前のいかにも乗り心地が悪そうなその馬車は教職員棟の前で停止した。
ただ、馬車を操作する御者だけは木偶と呼ばれる魔力で操作されたロボットが私用されていた。
ヒルデリカたちは教職員棟の向かいにある生徒会棟の四階からその様子を見下ろしていた。
編入生の到着をいち早く伝えたのはノーグであった。
「どうやら編入生の馬車が到着したようです。」
彼女は学校中に張り巡らされた監視カメラで編入生が来るのを監視していたのだ。
勿論、彼女自身がカメラの映像を眺め続けていたわけではなく木偶にやらせていた。
とは言え、その木偶は人間の形をとっておらず、魔力とそれを蓄積する基盤から構成された中央処理装置(CPU)によって織りなされた思考のみであった。
つまり、この魔族世界に於けるコンピューターのようなものだ。
ミガはノーグのその言葉を聞くと怪訝な表情で彼女の方を見た。
「え……本当に?」
ノーグは監視カメラの映像を壁に映し出して皆にも見えるようにした。
「これよ。この中に編入生が乗っているはず。」
モリンガは敢えて驚いたふりをしながらミガに確かめた。。
「え、まさかお前本当にあの軍隊を送ったとかか? おいおい、冗談だろう……?」
ミガはモリンガの顔を一瞥した。
「あなた、どっちの味方なの? ああ、同じ魔力が使えない者同士同情しちゃってるんだ。」
モリンガはその言い方に思わず苦笑いした。
「いやいやいや、関係ねーし。それに俺は使えないんじゃなくて使わないの!」
ミガは眉間に皺を寄せながら顎を摘まみ、小声で呟いた。
「それにしても……何か手違いでもあったのかしら……。」
ヒルデリカにとってミガのこの行為は想定内のものであり、十中八九やるだろうなとは思っていたこともあって特に彼女を咎めるようなこともしなかった。
寧ろ、気になるのは編入生の方だ。
もしミガがあの精鋭部隊を仕向けたのだとしたら彼女は何故ここにいる?
ヒルデリカは窓へと近づき向かい側の教職員棟を見下ろした。
他の三人もそれに倣うように窓からこちらに向かって来る馬車を観察した。
モリンガは普段滅多に机から離れることのないノーグが席を立ったことに驚いた。
「おやおや、いつもはモニターごしに見てるってのに今日は直接見るってか?」
「モニターでは相手の魔力を感知しにくいので。」
「ほう、成程。さようでございますか。」
馬車からは小さな少女がゆっくりと降りて来た。
どこからどう見てもそこらにいる十一歳の少女だ。
少女は彼女を出迎えた教師と共に教職員棟に入っていった。
ミガはそれを見届けると「失礼します」と一言だけ挨拶してから足早に生徒会室から出て行った。
モリンガは両手のひらを上に向け肩を竦めた。
「あーあ、ありゃマジだ。」
ノーグはミガの暗殺部隊は本当にこの馬車を襲撃したのだろうかと疑った。
「けど、彼女だけではなく馬車にさえ傷一つ見当たらない……。どうゆうことかしら。」
モリンガも同感だった。
「襲われてはいないな、あれは。もし、襲われてたらあの精鋭だろう? 俺だって無傷じゃ済まない。」
ノーグは無表情で馬車の方を見つめながらそれを否定した。
「けど、あの様子からすると暗殺部隊を仕向けたのは確かでしょう。」
モリンガは自分の頭をガリガリっと掻いた。
「そうだな、そこなんだよ。となると、あいつは一体どうやって無事ここまでやって来れたのか。一体何があったんだ? いや、なかったのか……うーむ。」
二人のやり取りを黙って聞いていたヒルデリカがここでノーグに質問した。
「それでノーグ、彼女の魔力はどうでしたの?」
ノーグは少し眉を顰めた。
「微塵も感じられませんでした。あれではまるで人非人です。下級市民の方がよっぽどギラついた魔力を放出しています。」
モリンガは口を尖らせ目をぱちぱちさせながらノーグをいじった。
「ギラついたなんて……ノーグさんはしたなーい。」




