527 ところ変われば常識も変わる
ヒルデリカはその編入生の話を聞いた時からどうにも落ち着くことができなかった。
得体の知れぬ何者かを直感的に恐怖し憎悪していたのだ。
「取り敢えず彼女と会えばいろいろと分かることもあるでしょう。」
ノーグはその一言に肯いた。
「先ずは様子見……ですか。」
ミガはその編入生を嘲けるような仕草をしてみせた。
「そんなもの、待つ必要なんかないわ。そうね、王家が手を出さないってんならうちの私営暗殺部隊を動かしましょう!」
三人はこの話から既に彼女の部隊が動いていることを確信した。
しかし、誰もそれを指摘する者はいなかった。
何故ならそれは彼らにとって常識というものであったからだ。
彼女の部隊はその性質上、秘密裏に動かすものだ。
それについて「もう動いてるんでしょう」と問うのは野暮というものなのだ。
モリンガはミガの暗殺部隊について噂だけは聞いたことがあった。
彼女の部隊はそれほどに有名だったからだ。いろいろな意味で……。
モリンガはそれが動き出しているんだろうことを暗に示した。
「お前んとこの暗殺部隊って殆ど軍隊じゃねえか……こえっ!」
ヒルデリカはそんなミガに「その必要はないわ」と、一言だけ述べた。
その一瞬、彼女の目は氷のように冷たいものとなった。
これは実質、動いているのなら今すぐ撤収せよとの命令であった。
それを感じ取ったミガは苦笑いするしかなかった。
「勿論、冗談よ。そんなことしないわ。」
ヒルデリカの表情は元の柔和なものに戻った。
「ノーグ、一応彼女のことを調べておいてくれる?」
ノーグは身体をヒルデリカの方へ向けた。
「では、今分かっていることだけでも伝えておきます。先ず彼女の家系、アナンタ家についてですが……そうですね、地位が高いとはとても言えません。と、言うか最下層。」
ヒルデリカはその内容には受け答えせずアナンタ家の仕事について知ろうとした。
「どんなお仕事をなさってるの? その家系の人たちは。」
ノーグは一瞬渋い顔をした。
「まちまちですね。ドーヴェの父親は王族でありながら商人のようなことをやっています。母親は薬局、親戚には技術工、学校の教師、他には調理師なんてのもいます。取柄と言えば皆まじめなことぐらいですね。正直、なんで王族にいられるのか不思議なくらいです。」
ミガはそれを聞くと腹を抱えて笑い出した。
「あっはっはっはっは! 何よそれ、カスじゃない! カスの家系! ホント、何で王族に属してんのよ。上級市民でもやっていろっての!」
ノーグはミガの言葉を意に介さすことなく話を続けた。
「ただ一つ、この家系の魔力に関する情報があまり見受けられませんでした。」
ミガは今度は苦虫を噛む潰したように表情を急変させた。
「ふん、つまりは使えるほどの魔力がないってことでしょう!」
或いは何か特殊な能力を代々受け継いでいるとか……。
ヒルデリカはそう心の中で考えてみたが口には出さなかった。
ミガはころころ表情を変貌させて内心穏やかでないことを露呈した。
「成程ね、つまり……編入生の弱点は魔術に長けていないってことなんだわ。あっははは! そう、この魔族の国に於いてはまったく価値のない存在ってことよ! 暗殺者も手を出す価値さえないってこと!」
ミガの出した結論は一見ぶっ飛んでいるようにも思えるが王族の国で育ったものとしてはある意味定石通りの回答とも言えた。
他の三人もこの答えには納得できたしノーグの予測も同じような内容だった。
ただ、ヒルデリカの勘だけはそれを否定していた。
彼女のイライラは正しくその何とも言えない悪い予感に由来するものだった。
ヒルデリカとしても、もしミガの言った通りなら安心できただろう。
いくらでも対策は打てるという意味で。
しかし、どうも何かが引っ掛かる。
彼女は先程から自分が一体何を気にしているのか、この覚束無さの原因が何処に在るのかを思索していたのだ。
だが、それが何なのかは結局のところ分からず終いだった。
それが彼女のイライラを更に増長させていたのだ。




