518 村を守るために
リベ・ルナから黒死病の話を聞いたヒナミは少し興奮気味でありながらも納得し、その対策について尋ねた。
「では、どうしたらいいのでしょうか?」
「そうね、この病気の原因はネズミに付着している小さな虫なの。そこから人間に感染する。」
実際はネズミに付着しているノミがペスト菌を保有しているのだが、そこまで説明している余裕はなかった。
そこで今は敢えて小さな虫ということにしておいたのだ。
「あ! そう言えば最近やたらとネズミが出るって村の人たちも言ってた!」
「ならやっぱりそれが原因でしょうね。それじゃあヒナミ、これから私が言うことを聞いて。」
「はい。」
「先ずは発病した人に近付かないこと。すぐに感染してしまうわよ。あと、その人の嘔吐物とか便にも触れてはだめ。まあ、長老たちが三十年前の経験を生かして患者を隔離しているのは良かったわ。」
ヒナミは今聞いたことを確かめるようにゆっくりと頷いた。
「次はネズミに近付かないこと、近付けないこと。」
「でも、向こうから近付いて来てしまったら……。」
「そうね、まずは家の戸締りをしっかりして、通り道になりそうな穴があったら塞いでおく。」
「はい。」
「次にお香を焚く。ネズミは嗅覚が鋭いから香りによっては近付こうとしない性質があるからね。」
ヒナミは少し考えてから思いついたものを言ってみた。
「先祖の供養に使うハーブのお香でもいいのかな。」
「ハーブか。それはいいね。それで行こう。それと、ネズミは食料を狙って来るからネズミ返しを作りましょう。」
「ネズミ返し、ですか?」
「そう、柱の上に板を固定するだけ。但し、板の縁と柱がなるべく離れるようにして。後は食料をその上に乗せておくだけよ。」
「板……板って何でしょう?」
この村には木材を加工できる金属の道具が存在しなかった。
故に板などという高度な木工品は存在しなかったのだ。
非天はそれを見越して先程探索をしておいたのだった。
「板は木材なんかを平らに加工したもの。森の中で見つけておいたから後で場所を教えるよ。」
リベ・ルナはネズミ返しの詳しい作成方法をヒナミに説明した。
「成程、原理は分かりました。それでネズミ返しってわけですね!」
「まあ、天井や壁から跳んで来るかもしれないからそこは注意して。それから駆除の方法なんだけど。村の外れにある空き家を何軒か使わせてもらいましょうか。」
「あ、もしかしてそこにネズミをおびき寄せるとか?」
「そう、その通りよ。そこに生ごみやネズミの食料になりそうなものを集めておく。」
「成程、ネズミが集まって来たら封鎖して焼き払うのね! ただ、ネズミが逃げちゃわないかしら?」
「家の中にゴミ捨て場を作ります。入り口は一つ。小さければ密封も可能でしょう?」
「密封ですか……。」
成程、確かにネズミを密封するにはどんな小さな穴も塞いでおかなければならない。
だが、下手なもので塞いでもきっと噛み千切られてしまうことだろう。
非天は暫し考えた。
先程の建屋の中に何か使えそうなものはないだろうか?
これは散策を続ける他ないだろう。
少し時間がかかりそうだったので非天はヒナミに頼みごとをした。
「確かに密封となると難しいかもしれないね。それじゃあ、ちょっと考える時間が欲しいからヒナミは今言ったことを村の皆に伝えてきて欲しい。そうね、精霊からお告げがあったとか言ってさ。」
ヒナミは決然たる瞳でスーニャを見た。
「分かりました。お姉ちゃん、精霊様、ありがとうございます! すぐに皆に伝えます!」
そう言うとヒナミは足早に部屋から出て行った。
非天は早速先程の探索を続けた。
リベルナの映像は最後に入った部屋の中から始まった。
その部屋には添え付けの棚があり、下には直方体のHB缶が幾つも積み上げられていた。
「アセトンにIPAか。いよいよ以って何かのラボらしくなってきたな。」
もしこれが使用できれば何かと役には立ったであろうが既に蒸発していることは明確だった。
棚の中には電子機器の基盤や素子が金属の箱に詰められていた。
「こいつはプログラマブルコントローラーか。何だか懐かしいな。」
プログラマブルロジックコントローラー(PLC)とはシーケンサなどとも呼ばれる小型コンピューターの一種だ。
豊富な入出力機能を用いることができ、例えばパソコンで機械装置やロボットを作動する時などに使用される。
「ま、こいつが生きてても肝心のロボットは風化しているんだろうがね。」




