517 気付かせてみせる
非天は考えた。
もしこれが自分の能力の一部なのだとすればそれはまだヒナミに通じる程のレベルに達していないということではないのかと。
では、能力をレベルアップするにはどうしたらよいか。
この場合は何度も反復する、今はこれしかないだろう。
「リベ・ルナ、聞こえるまで頑張ろう!」
「わかったわ! ヒナミ、ヒナミ! 気付いて!」
非天も全霊で念じた。
「この身体が少しでも動けば彼女を引き留められるのに……。動け、どこか、少しでも……!」
ヒナミは食器を手に携えるとゆっくり立ち上がった。
「ごめんね、お姉ちゃん。私、行かなくちゃ。」
食器を抱え扉の方へと歩みを進めるヒナミ。
その時、スーニャの口から少し強めの息が「ハァ、ァ」という微かな音を発しながら漏れ出た。
ヒナミは首を傾げながらゆっくりとそちらを振り返った。
「お姉ちゃん?」
非天は今の感覚で再び「ハァァ」と微弱な音を発した。
勿論、その音は非天の耳には届いていなかったが僅かに伝わる肺の感触とリベ・ルナを通して見たヒナミの反応からそう予想したのだ。
ヒナミは眉を顰めながら始めてみる姉の反応を窺った。
「お姉ちゃん……。」
リベ・ルナはここぞとばかりに思い切り叫んだ。
「ヒナミ! 聞いて!」
すると、ヒナミは背筋をピンと張りながら目を丸くした。
何かが聞こえたような気はしたのだが姉の口は閉じたままだった。
「お姉ちゃん……じゃない。誰の声?」
「通じた!」
非天はここでリベ・ルナの声がヒナミに通じたことを確信した。
リベ・ルナは空かさずヒナミに話し掛けた。
「ヒナミ、聞こえる? 私はリベ・ルナ! 妖精のリベ・ルナ!」
ヒナミは初めて聞いた妖精の言葉に全感覚を研ぎ澄ませた。
「妖精……。あなたは精霊様なんですか?」
リベ・ルナは打ち合わせ通りに返答した。
「そう、そうよ! ヒナミ、これからあなたにスーニャの意思を伝える……ます。」
「お姉ちゃんの意思……?」
非天はリベ・ルナの言葉がしっかりと伝わっていることを確認すると伝言を頼んだ。
リベ・ルナは非天の言った通りにその言葉を伝えた。
「ええ、先ずはいつも面倒を見てくれてありがとう、と。」
ヒナミは眉を顰めながらスーニャの顔を窺った。
「お姉ちゃん、考えたりできるの? ちゃんとお話もできるの?」
「そうよ。全部あなたのお陰よ。あなたがしっかりと世話をしてくれていたから。」
ヒナミはスーニャの傍らに膝を突き、姉の顔を凝視した。
よく見るとスーニャの顔はいつもより血色がいいような感じがした。
「お姉ちゃん! よかった!」
ヒナミの嬉しそうな顔を見て非天もリベ・ルナも思わず顔が綻んだ(気持ち的にではあるが)。
だがその反面、非天は自分がスーニャ本人ではないことを申し訳なく思った。
この時、ふとカナタの言ったことが思い起こされた。
確か訓練の場では命を落とすはずの人物に入れ替わるとか……。
恐らくスーニャはこの病気で亡くなることになっていたのだろう。
すると一瞬、彼女の中に何か引っかかるものが芽生えたが今はそれどころではなかった。
早くこの村を何とかしなければならないのだ。
リベ・ルナは更に非天の言葉を伝えた。
「今この村を襲っている病は恐らく黒死病。三十年前にもこの村を襲った病よ。これはね、一度罹患してしまうと助かる見込みはほぼないらしいの。」
ヒナミはその病名を聞いて眉を顰めた。
「黒死病……。お姉ちゃんはそんなことまで知っているんですか?」
「ええ、今は詳しいことは言えないんだけどそれは本当のことよ。」
ヒナミは不安そうな目でスーニャを見た。
「それじゃあ、この村は……。」
「このままだと三十年前の二の舞でしょう。けど、対策は無くもないわ。」




