511 隔離された世界
非天はZ組の皆に思いを馳せた。
「他のみんなは……。」
皆のことを考えるにつけ非天の内に悔しさと悲しみが込み上げて来た。
そして暫くの間、良心の呵責と断腸の思いに苛まれた。
「皆もこの世界に来ているのだろうか……。もし来ているのなら、私は皆に謝らなければならない!」
だが、まったく動かないこの身体とほとんど何も感じ取ることのできない五感では……。
それは正に生きているだけでも奇跡と言えた。
「それでも私は生きなければならない。先ずは皆を探し出さなければ!」
その後、非天は強烈な眠気に襲われ、意識が遠のいていった。
どうやらこの身体はすぐに体力を消耗してしまうようだ……。
「おーい。おーい。」
非天は久しぶりに聞く人の声で目を覚ました。
「夢の中か?」
そう、自分の耳は機能していない筈なのだ。
だからこれは自分の記憶から生じた夢なのだろうと非天は考えた。
だが、その声は彼女の推理を否定した。
「夢じゃないよー。私だよーって……あれ? あなた、スーニャ?」
非天はその問いに対して聞き返した。
「スーニャとはこの身体の持ち主のことですか?」
「え? そらそうだけど……やっぱスーニャじゃないのね。スーニャは何処?」
非天は何と答えるべきか困惑した。
そもそも自分が話しているのは一体誰なのか?
「スーニャは……私には分かりません」
「そう……。」
その声は悲しげにそう答えると暫く黙りこくっていた。
「スーニャだと思ったんだけどな。」
非天はその声の持ち主が今この世界の情報を知り得る唯一の存在だと知りながら声を掛けるのを躊躇っていた。
恐らくスーニャのことを心配、または何かを確信して悲しんでいるのだろう。
その声は気を取り直すように非天に話し掛けて来た。
「あなたは?」
「私は非天レイカと申します。恐らくは転生した後、彼女に成り代わってしまったものかと。」
「ふーん、そうなんだ。」
転生という言葉を理解しているのだろうか。
だとすれば、この声の持ち主はそれなりの学識はあるようだが……。
「転生という言葉をご存じなんですか?」
すると、その声は意外な返答をして来た。
「うーん、初めて聞く言葉だね。でも関係ない。私は言葉で理解しているわけではないから。」
非天は何となく察しがついた。
どうやらこの声の持ち主は言語を発した者の伝えたい内容を何らかの形で把握しているのではないかと。
すると、その声は応えた。
「うん、まあそんな感じかな。因みに私の話もあなたが勝手に言語化しているだけで私は何も話してないよ。イメージを送ってるだけ。うーん、何て言うかな、原始的なイメージって言うか。」
非天はそれを聞いてGmUが人元の情報に作用する時に用いる手法を思い出した。
それは幾度もの実験によって言語を発する元の思考やイメージを扱うという手法だった。
例えば正方形とSquare(英語で正方形)。
二人の人がそれぞれの母国語である日本語と英語で同じ内容を表現したとする。
(勿論、大きさや色などは統一していくものとする。)
すると、言語は違えどイメージするものは同じ正方形となる。
人元は彼らの情報を言語としてだけではなくそのイメージしたものすべてを取り入れて行くのだ。
つまり、人元次元では言葉が違えどそれが指し示すものは同じとなるのだ。
この声の言っている原始的イメージとはそういったものを意味しているのだろう。
すると、その声は言った。
「ご明察! あんた賢いね!」
非天は自分で自分のことを賢いと表現しているような気がして少し気恥ずかしかった。
「よかったらあなたの名まえを教えていただけませんか?」
「そうねぇ……スーニャは私を名まえとかで呼ばなかったからねー。」
よくよく考えてみれば名など付ける必要はなかったのかもしれない。
スーニャにとって他者とはこの声の主だけだったのだから。




