510 何が始まるのか?
空知副社長はそんな皆の表情を見て微笑んだ。
「皆さんお久しぶりね。」
空知副社長は自分の席まで歩みを進めると立ったまま真面目な顔で全員を見渡した。
「今日は皆さんにお願いがあって参りました。お忙しいとは思うんですが、ちょっと話を聞いてください。」
蟹江が空知副社長に席を進めた。
空知副社長は「ありがとう」と言ってから席に着いた。
「皆さんが先程言われていた昨日の交通事故の件なんですが……。お察しの通り、今本社内ではその対応に追われておりまして。そのことで、今朝方蟹江さんと蛯名さんにもこちらの状況を話していたんです。それでまあ、そこに思わぬ来客がありましてね……。」
蛯名は皆に自分が作成したレジュメを配布し、そこから先を説明した。
「ええと、この資料は流出防止の為、会議終了後に回収させていただきます。それと、この部屋の防犯カメラも切ってありますのでご了承ください。」
蟹江は蛯名に確認した。
「盗聴器もなかったのよね。」
「はい、念入りに調べました。」
これらの会話からこの会議に秘匿性があることが窺われた。
熊谷は半笑いで辺りを見渡した。
「おいおい、何だか大事みたいだな。」
蛯名はそのレジュメについて説明した。
「今、空知副社長が言われた来客というのが最初のページにもあるFさんとSさんなんですが、これはフィナさんとマネージャーの本田サユリさんのことです。」
レジュメを開くとそこには『FさんとSさんからの報告』と記載されていた。
そして、その下の文章を目にした途端、彼らの目はその内容に釘付けとなった。
蛯名が促すまでもなく皆はそれに目を通し始め、全5ページの文章をあっという間に読み終えてしまった。
龍崎はそれを読み終えると思わず笑ってしまった。
「あはは! ちょっとこれ、本当なの?」
これには流石の白鳥も目を細めていた。
「このPさんってのはどなたなんですか? フィナさんの友人って書いてあるけど。」
「ええと、Pさんのことを説明する前にですね……。」
蛯名はそう言うと主任たちの顔を見回した。
皆、ちょっと困惑したような表情でこちらを見ていた。
「皆さん早速読み終えたようですので、実はこれからこの会議に本田サユリさんとフィナさん、それとサイバーポリスの早見さんにも参加していただきたいと思います。」
熊谷は口を尖らせながら言葉を発した。
「何だい、待ってもらってたのか? そいつぁ……。」
蛯名の操作により前の大きなモニターは四分割され、そこにはフィナとサユリ、そして早見の顔が映し出された。
その中にあって、何故かフィナだけが緊張の面持ちを曝け出していた。
「み、皆さん、本日はお日柄も良く……あ、いえ、その……よろしくお願いいたす、ます。」
非天が目を覚ますと、そこは光も音も感知できない真っ暗闇の世界であった。
そして、どうやら身体を動かすこともできないようだ。
「私は死んだのか? いや、これは……。」
何の感覚もない中、微かに感じる鼓動のような振動。
どうやら生きてはいるようだが……睡眠中か?
非天は更に感覚を研ぎ澄ませてみた。
すると、皮膚の何処だかは不明だったが、ぼんやりと背後から圧力のようなものを感じ取ることができた。
何かに動かされているのだろうか。
だが、それを確認できるほど彼女の五感は働かなかった。
それから暫くの間、僅かに伝わる神経系の情報から非天は自分の状態を予想した。
どうやら自分の身体は麻痺しているらしい。
すると、彼女の頭の中で何やら自分のものではない記憶が蘇って来た。
それは今と同じ、ただただ真っ暗闇が続くだけの記憶であった。
これがこの身体の記憶なのだとすれば、これは一時的なものではないのかもしれない。
つまり、この身体は生まれた時からこういった状態のままだったということだ。
非天は更に自分の状況について考えた。
先のカナタさんの言動から、あの事態は恐らく事実だ。
ここはカナタさんが……いない世界……か。
だとすれば自分はやはりこの身体に転生して来たのだろう。




