51 社会のからくり
この日、私は早朝からトレーニングに励んでいた。
今までレッスン部屋で行っていたマラソンを趣向を変えて家の外でやってみた。
で、めちゃくちゃ気持ちよかったので今度みんなに教えてあげよう。
トレーニングの後、ダンスの練習をして一休みしていると、蟹江さんから連絡が入った。
私ももう少ししたら昨晩の事、連絡しようと思っていたので丁度良かった!
私は冷たいドリンクをテーブルに置いてから応答した。
「はい、フィナです。おはようございます。」
蟹江さんはとても心配そうな顔つきで言った。
「あ、おはよう……。ねえ、昨日大丈夫だった?」
心配でこんな朝早くから連絡くれたんですね。
「はい、昨日はナミエさんや斎藤さんに助けられまして何とか……。」
蟹江さんはまだ心配そうな顔をしている。
「そう……。ごめんね、連絡遅れちゃって。」
「いえいえ、私ももう少ししたら連絡しようと思ってた所なので。」
「そっかあ。うんまあ、無事ならよかったんだけど……。」
私は蟹江さんに例のロボットについて質問した。
「蟹江さん、あのグレイマン? あれは一体何なんでしょうか。」
「ああ、あれは私たちにもよくわかんない。一応調べてはいるんだけどね。」
「何かめちゃくちゃ強かったです。パトライトつけた支援メカが次々とやられちゃって。」
蟹江さんは少し考えてから言った。
「うん。あなたにはそう見えるかもしれないわね。」
「そう見える?」
「ええ、私たちに取っては箱って言うか……コンピューターの中の話しなんで……。」
「あ、確かにそうですね。」
蟹江さんは私の疑問を察知して説明してくれた。
「そうねえ、例えばその激しい戦闘シーンはデータの潰し合いとかで、そう言った情報が入って来た時、フィナの中にね。それをあなたの中でイメージとして捉えたものなのよ。」
「何か、我ながら難しい事しちゃってるんですね。」
蟹江さんは笑顔を見せた。
「そうよ。あなたって凄いんだから。」
「そうすると、あのグレイマンてのは一種のウィルスみたいなもんですか。」
「まあ、何とも言えないのよね。もしかしたら一部のAIが暴走したのかもしれないし……。」
山本みたいなのがまだいるってこと!?
「昨日の事は斎藤さんから聞いたんですか?」
「ええ、聞いたとゆうか報告みたいな感じかな。私たち直接AIとは話せないんで。」
「あ、じゃあ山本たちとも話せないんですか。」
「ええ、ナビと言うかAIは基本、プログラムの集合体みたいなもんなんで私たちには何かあった時に"報告"が表示されるだけなのよ。」
「あ、"error"みたいな感じですか。」
蟹江さんは笑いながら言った。
「随分古い事知ってるのねえ。うん、コンピュータの黎明期で言うとそんな感じ。」
黎明期……私の前の世界ではまだ健在ですよ~。
蟹江さんは話を続けた。
「この前も来てたでしょう、山本の報告が。あんな感じ。」
「成程。何となく雰囲気はわかりました。」
それでこの前山本の話しをした時、今一かみ合わなかったのか……。
蟹江さんは思い出したように言った。
「そうだ。それでね、その報告書に……あなたのスキルで撃退したって書いてあるんだけど……。」
「ああ、あれはですね……。」
私は昨夜の事を順を追って説明した。
飽くまで私のイメージなんでしょうけど……。
蟹江さんは考え込みながら言った。
「外の世界……成程……わかりました……。」
あ、蛯名さんいないのかな。
「そう言えば蛯名さんは今日おられないんですか。」
「あ、ええ。ごめんなさい、考え事しちゃった。うん、蛯名はそのグレイマンの事で本社の方に行ってる。」
「ああ、そうなんですか。」
「ええ、今までグレイマンがこんなに暴力的な動きをしたことはなかったもんだから。」
山本の奴、グレイマンの気に障る事、何かしたんじゃねえの?
100%それだろ。
「これ、サユリさんたちに言った方がいいんですかね。」
「そうね……。言ってもいいと思うんだけど心配しないかな、サナちゃんたち。」
「う~ん、そうですね……。」
確かに難しい選択だ……。
「ま、大丈夫か。フィナが撃退したって言えば。安心するかもよ。」
難しい選択をいとも簡単に……蟹江さん、神!
「じゃあ、ファランクスのオーナーにも……。」
「ええ、私からもサユリさんとファランクスの4人に連絡入れとくわ。」
「あ、助かります。」
(結局後日サナには伝えず、サユリだけに伝えておいた。)
蟹江さんは少し困った顔をして言った。
「あ、それでね。」
「はい。」
「昨日ほら、グレイマンに一応侵入されてるでしょ、そのハード。」
「はい、そうですね! やばいですかね……。」
気付かんかったわ~!
「まあ、今まではグレイマンが侵入してもウィルスどころか何の痕跡も残さなかったから今回も大丈夫だと思うけど、一応検査させてもらってもいいかな。」
「はい、喜んで! 是非お願いします。」
「じゃあ、サユリさんにその件も伝えておくわ。」
「わかりました。何から何までご迷惑おかけします。」
平に平によろしくお願い申し上げます。合唱。
蟹江さんははっとした表情をした。
「そうだ、私たち研究室からちょっとしたプレゼントを送らせてもらったから。」
「プレゼントですか?」
この上プレゼントまでいただけるの?
罰当たるよ……。
「ええ。ファランクスの4人にも同じものを送ったんだけど、色々協力してもらったんでほんの気持ち。」
「何かすみません。気を使わせてしまって。」
「いいのいいの。で、使い方については昨日お宅に伺った時ご両親とサユリさんに説明しておいたから。」
「あ、そう言えば昨日どうでしたか。」
「うん、とってもいいご両親でしたよ。前世の話し以外は全部伝えておきました。何だかとってもよく聞いてくださってね。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「じゃあ、また連絡するね。」
後日、蟹江さんは私のコンピューターに『対グレイマン用ウィルス検出ソフト』をインストールしてくれた。
通信が切れると、私はきょろきょろと辺りを見まわした。
「いないだろうな……ウィルス……。」
【人物紹介】
私 … 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【前世】
ヨシエ … 前世で地下アイドルユニットを組んでいた仲間
スミレ … 前世で地下アイドルユニットを組んでいた仲間
カナ … バイトの仲間。新人
【私のオーナー】
本田サユリ … 私のオーナー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のオーナー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【本田家】
本田トオル … 国際宇宙ステーションの研究者
本田サエコ … 国際宇宙ステーションの研究者
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … オーナーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … オーナーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … オーナーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … オーナーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
ナミエ… 正式名称C73EHT-R。AIポリスの特殊捜査隊隊長。新米ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。2児の母
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子




