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売れない地下アイドル、転生す  作者: ぷぃなつ
509/625

509 心中オダヤカデナイ

 卯月は聞き覚えのあるその実験装置の用途について白鳥に尋ねた。

「ああ、大学の時に二重スリット実験で使ったあれですよね。あんなもの何に使うんですか?」


 白鳥はそれについて説明した。

「現在のプロファイリングシステムのデータ構築に量子学的アプローチを加えたいと考えています。」


 やっぱ来たーッ‼

 蛯名は自分の予想が的中してしまったことを確信した。

 この人、本当に心ン中読む気だ……。


 さっさと会議を終わらせたかった第5研の熊谷くまがいトシロウは疑問を持ちながらもそれに賛同した。

「何だか小難しい話が出て来たな。まあ、いいや。他に使い道ないんだろう? 白鳥さんの意見に一票! で、二億くらいはかかるのか?」


 他の主任たちも特に反論はないようだった。

 蛯名はそれを確認すると白鳥に尋ねた。

「予算はどれくらいかかりますか?」


 白鳥は既に話を進めてしまっていることをここで告白した。

「実を言いますと実験装置につきましては現在私がいた大学院の研究所に掛け合っているところです。購入してよろしいならこれからすぐにでも値段交渉に入りたいと思います。それと、その周辺機器やプロファイリングシステムに関連付ける為の機材などを含めれば何とか二億には達するかと思います。」


 第5研の午藤ごとうコウジはいつも通りの渋い表情で白鳥の喉元の辺りを見た。

 これは武道をたしなむ彼の所謂いわゆる癖のようなもので、話す相手の目ではなく喉元の辺りを見据みすえるのだ。

「白鳥さん、それはつまり波動関数の崩壊如何いかんをプロファイリングに利用するってことかい?」


 白鳥はにやりと笑ってからそれに答えた。

「はい、ご明察の通りです。ただ、くまで実験段階ですので利用にいたるかはまったく分かりません。が、それでもよろしければ話を進めてまいります。」


 午藤は渋い顔を更にしかめた。

「難しいぞ。解釈すらもいまだ意見が分かれているし、量子デコヒーレンスの問題も解決していない。緑と赤のことやらもあるんだろうが……まあ、そうだな。やるんならやってみるといい。何かしらの成果でも出ればめっけもんだ。」


 二重スリット実験で現れた干渉縞は『観測』等によって波動関数の収縮が生じ、一つの固有状態に収縮する(つまり干渉縞がなくなる)。

 ここで言う量子デコヒーレンスとはこの様な干渉縞がなくなる現象(量子系の干渉性が環境との相互作用によって失われる現象)を指す。


 熊谷はあきれたような顔で午藤を見た。

「何をちんたらと……。他にないんだからこれでお願いすればいいんだよ。」


 にらみ合う熊谷と午藤の間に挟まり卯月はいつものように困惑した顔で一言。

「もう、熊谷さん! 一言多い!」


 蛯名はタブレットの時計をちらりと見た。

 十四時まで残り三分ほど。

「ええと、それではその辺の発注などは白鳥さんにお任せしてよろしいですか?」


 白鳥はそれにきっぱりと答えた。

「はい。こちらでやっておきます。分からないことがあれば後で聞きに行きますので。」


 蛯名は、この人まるで私たちが二時に早見さんと約束していることを知っているみたい……などと思いながら白鳥を見た。

「よろしくお願いします。」


 熊谷はパっと司会である蛯名の方を見て尋ねた。

「終わりか?」


 蛯名は蟹江の方をちらりと見てから皆に告げた。

「今日の議題はこれで終わりなんですが……。」


 熊谷は分かっていた風に苦笑いした。

 恐らくここにいる全員がこの後の展開を予想していたようだ。


 龍崎がやっぱりか……といったような顔つきで蛯名に尋ねた。

「昨日の件かな?」


 蛯名は申し訳なさそうに

「はい。実は昨日の自動車事故の件で皆さんにご相談したいことがございまして。」


 熊谷は気を利かせて進行をうながした。

「いいからいいから、さっさと始めちゃおうぜ。」


 皆もその言葉に同意した。

 蛯名は察しのよい主任たちに感謝しつつ話を進めた。

「では、ここからはコスパルエイドの空知副社長に入っていただきます。」


 すると、ドアがこんこんと鳴って空知副社長が中に入って来た。

 皆、彼女とは顔見知りだったので特に緊張はなかったが、昨日の事もあったのでやや彼女を心配するような面持ちで迎えた。

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