502 もうすぐ父に殺される
歌寺も例に漏れず処刑寸前の状態であった。
それは身内の意向によるものであり、今から三十分後に暗殺者によって始末されるのだ。
歌寺の身体はジェラス市長の娘トゥリー・シングラントのものであった。
トゥリーは十二の年齢になっても魔力を発動できなかった。
その廉で父親のゲリー・シングラントに殺される羽目となったのだ。
一時間ほど前、トゥリーは父親が書斎で暗殺者と会話している所を偶々(たまたま)通りかかりこの事実を知ってしまった。
どうしようかと手をこまねいていた時に歌寺が転生して来たというわけだ。
歌寺は困惑しながらもトゥリーの記憶を引き出しながら懸命に対策を練った。
その記憶によれば、ここは上級市民の街でありこの世界では中程度の魔力を扱える者たちが集っているらしかった。
通常であればトゥリーのような存在は皆、特権階級の奴隷として献上される。
だが、家の者から奴隷を排出することは市長であるゲリー・シングラントからすれば耐え難い程の恥ずべき事態であった。
トゥリーは今に至るまでも外出はおろか外部の者との接触すら禁じられ、その存在さえ隠蔽されていた。
身内の者たちも触れてはならない事実として彼女のことを口に出すことはなかった。
家に幽閉されたトゥリーは読書をしたり絵をかいたり歌を歌ったりすることで毎日を恙無く過ごしていた。
だが、その内父親に殺されるであろうことは何となくだが予想していた。
せめてどこか遠くの地に捨ててでもくれればいいのだけれど……。
しかし、トゥリーのそんな願いも空しく十二となった彼女は暗殺されることとなったのだ。
歌寺は憤りを抑えつつ、兎に角急場をしのぐ方法を探った。
「ああ、魔力さえあれば……。ん? そうか、それなら魔力があるように錯覚させれば或いは助かるかも!」
歌寺はその突飛な発想を現実化することに努めた。
それには先ずこの世界の、いや、この上級市民とやらの魔力とは何ぞやって所から知らなければならない。
トゥリーには魔力を引き出すための先生のような存在が三人いた。
内二人は中魔法の使い手で一人は小魔法の使い手であった。
トゥリーの記憶からすると一つ上の特権階級は強魔力、一つ下の平民は小魔力を扱っていた。
だが、この世界に君臨すると言う王家や王族、貴族たちがどんな魔力を扱うのかは分からなかった。
そして、当のトゥリーが属する上級市民たちは中魔力を扱えた。
この中魔力の威力はと言えば、例えば火の魔法であれば手の平から火炎放射が出せる程度らしい。
また、中魔力は小魔力よりも多様であり五大元素(地・水・火・風・空)による基本的な魔法以外に身体や心理に作用するものや絡繰りを創出するもの、強化や弱体化等々その範囲は広い。
この事実は歌寺にとって好都合だった。
歌寺は部屋の中を見回して利用できそうなものを探した。
木製のタンス、机に椅子、窓に掛かるカーテン……。
歌寺は机の引出を覗いてみた。
引出は歪んでおりスッとは引っぱり出せなかった。
「何よこれ……子どもの工作?」
だがそれはこの世界の職人と呼ばれるものの仕事であり、とても高価なものだった。
つまり、ここの技術力は高が知れていたのだ。
歌寺はそこに一つの希望を見出した。
この世界では魔力に頼るあまりこういったものづくりの技法や科学力が蔑ろになっているようなのだ。
トゥリーの記憶からもそのことは容易に推察できた。
例えばこの世界では大学の高等教育でさえ鶴亀算程度の計算を研究している具合だったのだ。
「まあ、確かに魔力があれば事足りるものね……。」
この町では水道などのインフラも整備されてはいたが、そのすべては魔力によってサポートされているものであった。
優れたポンプや水道管設備もすべて魔力によって作動する創造物なのだ。
言ってしまえばこの引出も魔力を使えばすんなり引っぱり出すことができる。
つまり、生活のすべてが魔力によって成り立っているのだ。




