500 死を呼ぶ眠気
それはゲームのような数値的なレベルアップと言うよりは反復練習による技術的なレベルアップといった感じであった。
反復することにより自分の思いの方向性やイメージが明確になり、それがレベルアップに貢献していると思われた。
さて、それができるとなれば『精量』を操る力は増幅するということになる。
そのような事柄はどの文献にも記述されていなかったが……。
この世界では魔力が大きな力を持つことから人々はそのことに気付かなかったのだろう。
もし、気付くとすれば他者より扱える魔力の少ない虐げられし者たちなのだろうが、この世界のシステムではそういった人間は皆、奴隷にされて早々(はやばや)と殺されてしまう……。
鳥山は頭を素早く横に振ると両の手で頬を叩いた。
「悠長に考え事をしている暇はないぞ!」
鳥山は自分に活を入れた。
これからも周期的に襲い来るであろう強烈な眠気に打ち勝ち、思考をフル回転させなければならないのだ。
もっとはっきりしたイメージを頭の中に思い描かなければならない!
鳥山は眠気を寄せ付けないように大声で叫んだ。
「さあ、イメージしろ!」
物が熱を帯びるということはそれを構成している分子、素粒子が激しく振動しているということだ。
その振動こそが熱エネルギーの正体だ!
鳥山は精量の振る舞いを強く強くイメージした。
「振動しろ! もっと激しく! もっと大きく! もっと、もっと!」
すると、赤い光は加速度的に熱量を増し、数も五つ、六つと増加して行った。
どうやらレベルアップに確信が持てたことが大きく影響しているらしい。
鳥山の予想通り、多数現れた精量の間には相乗効果のようなものが現れた。
そして、幾つかの赤い光が合わさることで更に輝きが増していった。
赤い光が直径2ミリくらいの大きさまで現出できるようになると僅かではあるが炎を帯びるようになり、持続時間も10秒ほどとなった。
「さて、そろそろか……。」
鳥山は先程破った布切れを指で摘まむと、その赤い光の球をそこに当ててみた。
布はどうやら燃えやすい素材だったようで、僅か三回目の試行で火が移り燃え出した。
「よし! いいぞ!」
鳥山は迫り来る眠気を紛らわす為にわざと大きな声を張り上げた。
見張りすらいない牢獄ではあったが、気兼ねなく大声を張り上げられるこの環境は今の鳥山にとって最大の利点と言えた。
鳥山はその燃えた布の火をパンパンと掌で叩いてすぐに消してしまった。
そして、その燃えた布切れを指先で摘まむと口の中に放り込んだ。
極限状態にある中、少しでも食べられそうなものは腹に入れておきたかったのだ。
「味は少し苦いが毒ではなさそうだな。ま、気の持ちようだ。」
恐らくこの繊維は植物のみから作られたものだろう。
ポリエステルやらが入っていれば食せないところであったが、有機物だけなら何とか腹の足しになるかもしれない。
鳥山はほんの少しだけ空腹を満たすことができた……ような気になった。
「腹一杯になったらどうせ眠気が強くなるんだろうし、いいんじゃねえか?」
鳥山はその後も精量の増幅を試みたりその性質を研究したりしていた。
だが、遂に意識が朦朧となりかけた時、彼女は意を決して立ち上がった。
「そろそろやるか……!」
先程のこと、鳥山は排便用の穴から便以外の異臭を感じ取っていた。
それは恐らくは腐った生ごみの放つ匂いだった。
それもかなり強烈な……。
つまり、その穴は巨大な廃棄物投棄場に通じており、それもかなりの間放置されていると思えたのだ。
トイレの分厚い蓋に大きな石が幾つも括られていたのは中のガスが充満してそれを押し上げて来るからに違いない。
そう、この下には行き場をなくしたとんでもない量のメタンガスが充満しているのだ。
メタンガス自体は無臭だが、それを生成する過程では度々このような悪臭を排出することが多い。
そこに引火してやれば……。
少なくとも、この監獄全体がちょっとした騒ぎになるだろう。
となれば、仮に形式上であっても名のある領主の令嬢が処刑の前に事故死などとは面目も立つまい。
凍死や病死であればその責はフィブにあるとすることも可能だが、流石に事故死はまずいというわけだ。
つまりは、誰かしらここまで様子を見に来ることが期待される。
その時この精量の力を使って鍵を奪い取ることができれば……。




