498 その名はシロタエ先生!
フィブはシロタエから聞いた話と自分の知識や予測から精量というものの性質を考えてみた。
そこから魔素や魔力の仕組みが解明できるかもしれなかったからだ。
精量の一つ一つの細胞は対象となった人間と人元との間で交わされる信号を微小だが捉えることのできる器官を保有していた。
そして、これらが集まり情報を交換することによって、僅かながらその人間の意思や思考を感じ取りそれに反応することもあった。
また、精量はその人元の性質に呼応した生態を示すことも分かって来た。
だが、その力はとても小さく魔力には到底及ばないものであった。
例えば精量の集合体が熱を発生させる性質を帯びていたとしても、それは一点の温度を少しだけ、しかも一瞬上げるだけに過ぎなかった。
しかも、周囲に人がいたり大きな音や振動があるだけでもその効果を発揮することができないのだ。
但し、この精量を操ることは人非人と呼ばれる人々でも可能であった。
勿論フィヴにも生まれつきその力は備わっていたし、彼女もそのことに気付いてはいた。
しかし、それは余りにも些細なことで、それこそ身体に力を込めると僅かに体温が上昇する程度の、いや、それ以下の取るに足らない現象であった。
確かに、何故そうなるのかと改めて問われれば何でだろう? となるのかもしれない。
だが、そんな疑問すら湧かないほど、この世界の人間にとっては当たり前のことであり、一般的にその力はまったく使えない小さな魔力として認知されていたのだ。
ところがフィブにとってこの事実はとても重要な情報であった。
自分にも使えるその小さな魔力らしきものが『精量』という媒体による効果であることを知ることができたからだ。
つまり、精量による僅かな変動は小さな魔力とは似て異なるものだということだ。
もしこの精量の力を魔素を使用せずパワーアップできたなら……。
ある日、フィヴはいつものように魔素を強化・衰退する実験を試みていた。
幸いなことにドローンにはそれらを為すための装置が付属していた。
フィヴは数体のドローンを魔素の研究施設に移動させて、それらの薬品をドローンに備え付けられているタンクに注入した。
そして、人目に付かないよう細心の注意を払って夜の街を飛行させた。
彼女にとっては初めて目にする街の様子。
だが、夜の街の人間社会は彼女が思っていた以上に殺伐としていた。
ここでは見るに堪えない『貴族の遊び』が横行していた。
魔力によって強化され異形の姿に変えられた奴隷たちを闘わせた賭博を楽しんでいたり、奴隷を様々な方法で殺戮したりしていた。
とは言え、それを楽しんでいる者たちは皆何故か無表情であり、フィヴは彼らが何のためにこんなことをしているのか分からなかった。
本当に楽しいんだろうか?
フィヴは彼らを見て、本にあった鉄人形みたいだなぁと感じた。
この世界では一つ下の階級から奴隷を入手することができた。
但し、王族以上は奴隷をとらない為、貴族が奴隷として扱われることはなかった。
例えばここ、貴族階級であればその下の階級にあたる特権階級の者たちの中から奴隷が供給されるのだ。
奴隷として選出されるのは主に魔能力が低い者であったり、何事かをやらかしてしまった者たちだ。
中には子どもの奴隷たちも含まれており、フィヴは様子を見つつその子どもたちを救助したりもしていた。
子どもを虐めるような奴らなら実験体として持って来いだろう。
ある日、フィヴがドローンで路地裏を観察していると、酔っぱらった貴族の男が取り巻き数人を引き連れて二人の子どもに向かって鞭を振り上げているのを発見した。
その鞭は魔力によって構成されており電気を纏っていた。
フィヴは気付かれないようにドローンを射程距離まで接近させると、魔力衰退のガスを噴射させた。
さて、どうなるのか?
そのガスを吸い込んだ貴族の男や取り巻きたちはその場に膝を突きへたり込んでしまった。
まるで、全身の力が抜けて思考が停止してしまったかのように動かない。
子どもたちはその隙に何とか逃げることができたようだ。
フィヴは暫くその貴族たちを観察していた。
彼らは遂にはその場に倒れこんでしまいフィヴは少し慌てた。
「あれ、まさか死んじゃいないよな……。」
フィヴはドローンを横たわる彼らの身体に接近させつつシロタエにアドバイスを求めた。
「どうしよ。」
「大丈夫、全員まだ生きています。魔力が枯渇した為に様々な抵抗力が通常に戻ったのでしょう。つまり今は泥酔している状態と考えられます。」
「え、こいつらって普段から魔力をそんなことに使っているの?」
「人にもよりますが貴族レベルの魔力であればあらゆる抵抗力を増幅し、身体能力をも大幅に変えているのではないでしょうか。あの取り巻きたちにしても奴隷とは言え元特権階級の人間たちですからそれくらいは可能かと考えられます。」




