492 心までは読めません
私は蟹江さんに向かってゆっくりと頷いた。
すると、蟹江さんは慎重な感じで私に確認して来た。
「じゃあ、言っちゃっていいのね?」
「はい、パープルもそう言ってました。」
すると、蟹江さんは今度は蛯名さんの方を向いて一つ頷いた。
蛯名さんは一歩前に出ると早見さんと空知副社長に私たちの前世について語り始めた。
「実はフィナさんとファランクスの四人についてまだお話していなかった事がございまして……。ただこれは確証も何もない話ですので参考程度に聞いてください。」
早見さんと空知副社長は何事かと興味津々な顔つきで蛯名さんの方を見た。
「フィナさんとファランクスのニーケさんにはどうやら前世の記憶が残っているらしいのです。しかも人間としての……。」
早見さんと空知副社長は「えっ!」と小さな叫び声をハモらせた。
蟹江さんはそれを見てにんまりとほくそ笑んだ。
「フィナさんはここではない別の地球上で普通に暮らしていたそうです。ただ、ファランクスの方はどうやら仮想世界の中で戦闘の日々を送っていたとのことなんです。そしてその敵の名がGmU……。」
早見さんは目を丸くして確認した。
「何と! では、ゲームというのはファランクスがいた世界の敵だったと言うことですか!?」
蛯名さんは早見さんの方を見ながら自分の考えを述べた。
「いえ、それは分かりません。偶然名まえが同じなだけかもしれませんので……。またはニーケさんの能力によりゲームの存在を前世の記憶という形で認識した可能性もあります。」
前世の話を聞いてから暫く考え込んでいた空知副社長は大きく頷きながら口を開いた。
「でも、それを聞いて合点がいったわ。だって、どう考えても不自然ですもの。いくらQCが発達したって言っても……ねぇ!」
蛯名さんは私たちの前世の記憶について言葉を整理しながら付け加えた。
「はい。私たちも彼女たちの前世の話を聞いた時、半信半疑ながら思わず納得してしまいました。ただ、ファランクスについてはニーケさんだけがその記憶を所持しており、残りの三人は覚えていないのが現状のようです。ただ、もしかしたら思い出しているけど敢えてそれを口に出していないだけなのかもしれませんが……特にミーネさんとか。」
そう言うと蛯名さんは私の方を見た。
私は一つ頷いてから返事をした。
「はい、蛯名さんの言う通りです。ただ、昨日ニーケは皆にその過去の記憶について打ち明けていました。ミーネは理解していたようですし、アテナとメーティスも薄々気付いていたみたいで……。それで今、ニーケとミーネが計算事に入っていますが、それは最後の記憶をすべて取り戻す為らしいです。そして、それが終わったら今度はアテナとメーティスが計算事に入って記憶を取り戻すって言ってました。」
蟹江さんは感心したような顔で私を見た。
「あら、そんなことになってたんだ。ライブが終わったばかりだと言うのに大変ねぇ。そんで、つまりは四人とも前世の記憶が戻るってことになるのよね、遂に!」
早見さんは誰にともなく尋ねた。
「一つ聞いてもよろしいですか? 彼女たちは何のためにそのゲームと戦っていたんでしょう。と、申しますのはもしそのゲームがZ国の黒幕なのであればその理由も事件解決の為の大きな足掛かりになるかもしれないと思ったものですから。」
その質問には蛯名さんが応じた。
「ニーケさんたちは反乱軍としてそのGmUと戦っていたらしいです。そして、Zという人の能力でこの地球に飛ばされたと。それと、戦いの場は仮想空間だったらしいんですが元々は普通の人間だったとのことでした。それが何らかの理由により仮想空間に転移せざるを得なくなったみたいです。」
早見さんはその途方もない話を聞いて頷きながらも顔を顰めていた。
まあ、ヲタ耐性がないとしんどい話よね……。
「成程、分かりました……。何れにしても私たちの敵はこの世界より高レベルな科学力を持っているということになるわけですね。」
そこにパープルが言葉を入れて来た。
「はい、その通りだと思われます。そしてそれは恐らく緑と赤についても同様なことが言えるでしょう。」
蛯名さんは「え!」と小さな叫び声を上げた。
早見さんは蛯名さんの動揺をよそに話を進めた。
「それはつまり……ゲームとやらが人の心を読み取る力もあるということですか?」
「残念ながらそこまでのことは分かりません。ただ、その可能性は高いと思われます。」
パープルはそう言うと一呼吸置いて話し始めた。
「私は仮想空間の情報については大方把握できています。そしてそこから得た情報をもとにあらゆる可能性や高確率で起こり得る事象を算出することができます。しかし、人間の考えとなりますとビッグデータからの統計的帰結から予想する他ないのです。もし、緑と赤が本当に人間の思考、または記憶を読み取れるのだとすれば既に私が太刀打ちできるものではありません。少なくとも現段階では……。」
早見さんはその一言に息を呑んだ。
「現段階では、ですか……。」
それを聞いた蟹江さんと蛯名さんは何故か一瞬硬直したように顔を強張らせた。
緑と赤のことを思い出してしまったのだろうか?
いや、何か違うような……。




