483 神に捨てられた街
北守は迷った挙句、引き返すことにした。
酒場の近くまで来ると一度足を止めて店の外から中の様子を窺った。
中ではあんなにざわざわしていたのにそこからは何も聞こえなかった。
酒場の隣にある広い空き地には数台の馬車が駐められていた。
恐らく酒場の連中が乗って来たものだろう。
北守は警戒しながらその前を足早に通り過ぎた。
一応、道沿いの民家の裏側も覗いてみたが、ちょっとした庭や畑はあるもののその先には先程同様荒野が広がっていた。
つまり、この道沿いにしか家は無いらしかった。
酒場から先程とは反対方向に百メートルほど進むと、目の前には真っ黒な何かが広がっていた。
北守が目を凝らすと、それは大きな木々らしかった。
どうやらこの先は森に続いているようだ。
昼間であれば食料を探しに足を踏み入れたかもしれないが、今はやめておいた。
こうなると、先程の民家辺りで何とかするしかなかった。
だが、少女の身で見ず知らずの人間にその身を任せることはかなり危険と言えた。
しかも、あの酒場の様子からしてこの辺りが無法地帯であるらしいことが見て取れた。
北守は先程目を付けておいた民家の裏手にある納屋へと足を運んだ。
ドアには鍵が掛かっていた為、中に入ることはできなかった。
「ここって住居侵入罪とかあんのかな……?」
外は月明かりに照らされており真っ暗で何も見えないと言うわけではなかった。
北守が納屋の周りを見ながら歩いて行くと、足元に小窓らしきものが見つかった。
そこから中を覗いてみたがやはり真っ暗で何も見えなかった。
「まさか、ここからは入れないよな……。」
そう言いながら北守は取り敢えずそこに頭を入れてみた。
「あれ? 入れるな……。」
新しい身体は思っていた以上に小柄だったようだ。
何とかして中に入ることができた北守は手探りで辺りの状況を確認しようとした。
「暗すぎてまったく何も見えん……。」
北守は目を細めて一点を凝視してみた。
酒場の喧騒もここには届かず、辺りは静まり返っていた。
その時、北守の目の中に何か線のようなものが映りこんだ。
「ん?」
何かの錯覚かと思ったが、どうやらそれは古ぼけた机であるらしかった。
目が慣れて来たのだろうか?
だんだんと納屋の中の風景が見て取れるようになって来た。
机の向こう側には棚のようなものがあり、その下には藁がどっさりと置かれていた。
「今日のところはあそこで眠るとすっか。何か上に掛けるものでもあればいいんだが……。」
北守が一歩前に出ると、藁の束がほんの少しだけ動いた。
ドキッ! 北守はその場に足を止め暫く様子を見ていた。
するとまたカサリと藁の中で何かが動いた。
「誰かいるの?」
動物か何かだろうか。
ネズミだったら嫌だな……。
そんなことを思いながら北守はゆっくりとそこへ近づいてみた。
すると今度はそこから小さな声が聞こえて来た。
子どもの声のようだ。
ここで北守は妙な感覚に襲われた。
自分にはないはずの記憶がふつふつと湧き上がって来たのだ。
これはこの身体の持ち主だった少女の記憶らしい。
少女たちはどうやら奴隷として売られるところだったようだ。
だが、この少女……ワーナは一緒にいた二人の少女を連れて逃げ出したのだ。
奴隷商人の一行が全員酒場に繰り出して行ったその隙に。
ワーナは二人をここに匿い、朝になったら隙をついて逃げるよう伝えた。
そして自らは相手をおびき出すつもりだったようだ。
ワーナは酒場に侵入してわざと見つかり、そのまま森の中に姿を消す積もりだったようだ。
既に森の中を探索し、逃避ルートや隠れる場所も見つけておいた。
ところが、この村で合流した疾風と呼ばれる大男に敢え無く捕まってしまったのだ。
ワーナの頭の中にはこの男のデータはなかった。
まさか、ここで合流した仲間にこんな特技があったなんて……!
ワーナは足の速さには自信があったのだが、この男の速さは尋常ではなかった。
捕らえられたワーナは酒場に連れて来られると他の二人の居場所を問い詰められた。
しかし、ワーナが頑なに口を割らない様子を見た疾風は実力行使に出たというわけだ。




