482 荒野の果ては地獄の一丁目!
その時、北守は周囲がざわつくのを耳にした。
「おい、今あいつ空振ったか?」
「ああ、今避けられてたぜ。」
「あんなガキにか! ガハハハハ!」
今まで無関心だった周囲の人間がこちらに注目し出したようだ。
一人の酔っぱらいがその大男に茶々を入れた。
「疾風の旦那~。今そいつに避けられたんか~? ガッハハハハ!」
北守は思わず眉を顰めた。
疾風? こんなトロイのがか?
その大男は酔っぱらいたちの言葉には耳も貸さず、北守を睨みつけながらズンズンと向かって来た。
怒りに燃えたその大男の目は、もう先程までの虚ろな目付きではなかった。
あはは、こいつマジで怒っちゃってるよ。
どうしたもんかな……。
その時、北守の中で何かが閃いた。
う~ん、恐らく次は連撃で来るな……。
先ずは左のジャブ、で、転んで回避したところに蹴りを入れて来ると……。
北守はゆっくりと後退りながら彼を誘導した。
すると、大男の左拳は北守が思っていた通りの軌道を描いて彼女を攻撃して来た。
しっかし……何てスローなんだ……。
どうやら北守が戦闘に集中すればするほど時間がゆっくりと過行くように感じられた。
これも能力ってやつなのか?
北守は再び拳を躱すべく、今度は右後方に尻もちをついた。
すると案の定、次は大男の右足の蹴りが彼女を襲って来た。
北守は近くにある机までごろごろと転がりながら移動した。
勿論、誘導しているとは気付かせないように表情などを工夫しながら。
それにしても転生直後、まさかこんな状況からスタートとは恐れ入った。
転生っつうたら赤ん坊からやり直しなんじゃないのか? 普通……。
おっと、あまりにスロー過ぎてついつい色々と考えちまったぜ。
大男のキックが転がる北守目掛けて飛んで来た。
ああ、こいつはこのテーブルが砕けっちまうな。
破片が当たらないように気ぃ付けなくっちゃいけねぇ。
北守は計画通り机の奥へと転がり、大男の右足はテーブルを激しく蹴り砕いた。
そしてそれは、そこに座っていた屈強そうな男を怒らせるに十分な行為だった。
「何だぁ~? てめぇ……。」
その屈強そうな男は自分に飛び散った木片を払い除けながらゆっくりと立ち上がった。
大男はそちらを見向きもせず北守を追おうとしたが、その屈強そうな男に服を掴まれてしまった。
そして、その二人は睨み合いを始めた。
さもすれば二人の攻撃が北守一人に向かうケースも十分考えられた。
だが、北守は気付いていたのだ。
先程からこの屈強そうな男の敵意がこの大男に向けられていたことに。
そして、それは見事に的中し、このような事態となってくれたわけだ。
北守はその隙にさっさと酒場から抜け出して夜の道を宛もなく前進した。
しかし……これって能力と言えるのか?
仮想世界にいたからよく分からんが、ハジュンやヘスティアと戦っていた時から何となくこんな感じだったような……。
ただ、あの二人がとんでもなく早過ぎて、それこそ自分の動きの悪さにやきもきしていたくらいだった。
うーん、今一つパッとせんなぁ。
北守は時より後ろを振り返ってみたが今のところ追手はない。
夜風が身に染みる。
どうやら今は寒い季節らしい。
道沿いには古ぼけた民家が点在していた。
中から灯りが漏れている家も数件あった為、どうやら人はいるらしかった。
ストリートを百メートルばかり進むと既に民家はなく、その先にはただ荒れ果てた大地が続くのみであった。
目を凝らしてみたが遠方はあまりにも真っ暗で何も見えない。
「電灯がないとこうも真っ暗なのか……。てか、これいつの時代なんだよ。」
ここで北守はその新しい身体が疲労と空腹で限界に近い状態であることに気が付いた。
「さて、進むべきか戻るべきか……。」




