478 緊急事態っスか!
ヴァルティンは話を遮ぎられたことに少しイラつきながら「あなたたちにはこの僕の……!」と言いかけたが、途中で諦めたように説明を再開した。
「ま、まあ、いいでしょう。では大事な用件だけ……。」
北守と蛇代はにやりと笑い拳を軽く当てた。
ヴァルティンは眼鏡の端を指先でくいっと押し上げながら「まったく……」と一言ブー垂れると説明を始めた。
「ゲーム内ではあなた方の能力はおろか、先程北守さんがやったような仮想空間ならではのイメージ創出もできません。頼りになるのはあなた方の記憶と知識、そして最初に一つだけ与えられる高次元能力のみです。しかも、その能力も初めのうちは最低レベルとなっています。」
ヴァルティンはZ組の顔を見回すとコホンと一つ咳払いをした。
「因みに、ゲーム内での経過時間は気にしないでください。向こうで何十年経とうが現実の世界では数分しか経ってませんので。それでええと、他に何か質問はありますか?」
非天はZ組の顔を見回して特に質問がないことを確認するとヴァルティンに声を掛けた。
「つまりは、すべてが一からってことですね。分かりました。それではヴァルティンさん、よろしくお願いします。」
ヴァルティンは非天の礼儀正しい態度にやや緊張した。
「分かりました。それではこれからあなた方が座っているその椅子を変形させますので、そのままでいてください。」
ヴァルティンが操作盤のスイッチを押すと椅子がゆっくりと変形し、稍あってベッドのような形状になった。
そして、六人の頭部にはヘッドギアのような装置が宛てがわれた。
「それではダイブを開始します。どんな人物になるかは入ってからのお楽しみです。とは言え、その境遇については期待しないでください。」
そして、六人は暗闇の中に入り込んだ。
非天が目を覚ますと、そこは今さっきまでいたリビングだった。
隣で目覚めた北守が話し掛けて来た。
「ん、私は……眠っちまってたのか?」
歌寺も欠伸をしながら目をこすり、周りの様子を窺っていた。
「う~ん、私もなんか寝てたみたい……ふぁ~あ。」
鳥山は怪訝な表情を浮かべ辺りを見回していた。
「訓練……もう始まってるのか?」
すると、ドアの付近からZ組の様子を見ていたらしいカナタが真剣な顔をして今の状況を説明した。
「目覚めたみたいね……。緊急事態よ! 今は訓練は後回し。ちょっとやばい敵が現れてね。私らが眠らされている間にヨルイチとヴァルティンが消し去られてしまったみたい。うっ……!」
Z組の六人が何事かとカナタの方を見ると、カナタの身体が下の方から徐々に消えて行き、遂には首だけになってしまった。
「ごめん、敵を甘く見ていたようだわ! せめて来世では皆同じ世界に生まれて来れるよう祈ってる!」
カナタはそう言い残すと完全に姿を消してしまった。
皆、あまりの出来事に何が起こったのかすら理解できなかった。
そして六人は再び闇に包まれた。
ブルル……!
蛇代はあまりの寒さに身を震わせた。
「さみぃぃ!」
目に入った自分の腕は異常なほど痩せ細っており、一瞬亜人にでも生まれ変わったのかと思ってしまうほどであった。
服……着ている、と言うよりは何かを羽織っているようだ。
そしてそれは、どうやら粗悪な布切れ一枚だけのようであった。
周囲は雪の積もった林の中、しかも雪がちらほら宙を舞っている。
他の五人は何処にも見当たらない。
手足の感覚はじんじんと痺れた状態だが痛みだけは伝わって来る。
「痛って! こ、このままでは死んでしまう!」
蛇代は自分に何があったのかを考える余裕もなく、ただただこの寒さから脱却する手立てを考えた。
だが、周りを見渡してみても身を隠せそうな場所はなかった。
蛇代は混乱する中、どうやら自分には前世の記憶が残っていることに気が付いた。
「私は蛇代……蛇代ヨウコだ!」
蛇代は歯をがちがち言わせながらそう叫んだ。
するとその瞬間、彼女はあることを思い出した。
「まさかあれって……あんのかな。カナタさんが言ってたやつ……。」




