33 ニーケの動揺
「では、会話NGというのは……。」
「オーナーのクルミさんに迷惑がかかるといけませんので。初めてお会いした時に全てを打ち明けて2人で決めました。」
「す、すごい。私にはそんな余裕……。」
私がしたことと言えば……パニクって~、かわいいって言われて~、のぼせ上って~、山本と喧嘩して~……。
「いえ、私はある程度分かっていましたし、それにナビゲーターの川口さんも新人ながら優秀で、運が良かったんですわ。」
「ああ、そうですか……。それは良かった……。」
こちとら山本ですからね、山本……。
私はニーケのことについて聞きたくなった。
「そう言えば、ニーケさんの前世は……。」
「そうですね、少し感覚の共有を図るためにコンパイルしますね。」
はう? どうゆう意味?
ニーケは少しの間無表情で前を見つめたまま動かなくなってしまった。
そして、元の状態に戻ると前世の記憶を語ってくれた。
「私は前世、反乱軍の参謀でした。」
「参謀……ですか。」
何か殺伐とした世界から来られた人とは思えない優美さなんだが。
「実は、アテナとメーティスは私たちの仲間だったのです。」
「その、反乱軍のですか。」
「はい。アテナは殲滅魔法部隊の総司令、メーティスは隠密魔剣士隊の棟梁として、ある『敵』と戦っていたのです。」
ちょ、ま! ちょ、ま! …………ちょ、まっっ‼
魔法? 隠密? そっちのが……
そっちのが異世界っぽいじゃーーーん! よーーーいっっ‼
ハァハァ。私は何とか自分のヲタ魂を鎮め奉った。
「その敵というのは、やっぱり強いんですよね……。」
ニーケは暫し瞳を閉じると囁く様に言った。
「桁外れでした。文字通り次元が違いました……。そして、私たちはあるお方の手によってこの世界へ転生させられたのです。」
ニーケは私に笑顔を向けて言った。
「あ、お気になさらないでください。あの2人も前世の記憶が無い様なので、取り敢えずはこのままでいようと思います。」
「ということは……。」
どゆこと?
「はい、私もあなたと会話したことにより覚醒したフリをさせていただきます。」
「あ、そういう事なら分かりました! 」
「オーナーのクルミさんには予め言ってありますので、その辺はお気遣いなく。」
「蟹江さんには言っておきますか?」
「そうですね。あなたが転生者である事を知っている人、研究所の蟹江さんと蛯名さん、それとサユリさんには言っておいた方がいいかもしれません。」
何処で仕入れたの、そんな情報?
私は覚醒したファランクスに思いを馳せた。
「新生ファランクス、早く見てみたいです。」
「ええ、私も早く皆さんとお話しがしてみたいですわ。今後は歌や表情も調整しなくて済みますし肩の荷が下りました。ただ……。」
「ただ?」
ニーケは少し心配そうに言った。
「明日ここに来る予定のミネルヴァのことなんですが。」
「まさか、『敵』が転生して来てるとか?」
怖え……! 自分で言ってて怖え‼
「う~ん、多分それはないかと思います。」
「ふう、良かった。」
さすがにその『敵』とやらには遭遇したくないわ……。
「では、『覚醒』しないおそれがあるとか?」
「いえ。詳しい事はわかりませんが、私たちとは別の誰かがリンクされてる様なんです。」
「そうなんですか。」
何でそんな事分かるんだろ。素朴な疑問。
「これは私の特殊スキル『予知』の『因縁』というスキルを使用しています。」
「成程! でも難しそうなスキルですね。」
「そうですね。固有スキルや特殊スキルはボカロ各々のパーソナルデータが強く影響しています。私は前世で『賢者』や『占い師』等の職歴を持っておりましたので、こんなスキルが発生したのではないかと思います。」
『賢者』と来たかコンチクショー! 抑えよ! 我がヲタ魂よ! 抑え給えーっ!
私は引きつった笑顔で言った。
「スキル、使いこなせているんですね。凄いなあ。」
「ナビゲーターの川口さんに色々教えていただいてるんですよ。新しいスキルや機能が増えたりすると、とても喜んでくれて。」
「ああ、そうなんですか~。」
運……そう、私は運が悪かったの。きっとそう。
「何か顔色が優れませんね……大丈夫ですか。」
「いえ、ちょっと自分のナビゲーターのこと思い出しちゃいまして……。」
「ああ、そうですよね! フィナさんにもいらっしゃいますよね! 何というお名前の方なんですか?」
「…………です。」(←めっちゃ小さい声)
「え? 何と。」
「山本春子? で……す。」(←めっちゃ小さい声)
その時突然ニーケの顔が引き攣った。
「やまも……‼」
今まで見せたことのないニーケの慌てふためくその姿に私も動揺した。
「ど、どうかなされたんですか?」
「いえ、何でもありませんよ! さあ、今日も元気だ! 幸せだ~!」
明らかにおかしい。あの『敵』の話しの時ですら落ち着いていたこの人が……。
「もしかして知ってるんですか、山本の事……。」
ニーケはしょんぼりした姿で諦めたかの様に肩を落として言った。
「はい、有名人ですから……。」(←めっちゃ小さい声)
「有名……。」
ニーケはいきなり私に謝り出した。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい!」
「いえいえ、お気になさらず。それより、有名というのは……。」
ニーケさんに謝らせるとは……あいつ、一体……!
「ああ、これ以上は私の口からは……。仮にも、飽くまで仮にもですがフィナさんのナビゲーターなのですから。」
私は紳士面して言った。
「いいんですよ。気にせずとも。」
「本当に申し訳ありません。でももし、どうしても知りたいのであれば蟹江さんに聞いてみたらいかがでしょうか。」
言いたくないんだね。いいよ。分かる、分かるよ!
「分かりました。ま、そんなに気にしないでください。」
「ただ、ただただ私、フィナさんが不憫で……。」
あ、泣いてる。
有名なんだあいつ……。一体何やらかしやがったんだよ……。
おい! 山本!




