32 2人目のニーケ
今日来る予定のニーケ・ヴィクトリアは会話NGとのこと。
ニーケはオーナーの春日クルミ以外、会話しているのを殆ど誰も見たことがない。
挨拶や歌以外ではまともに声も聞けないのだ。
アイドル・ユニットのメンバーとしては致命的だが、細身で婉麗な容姿はそれを補って余りある。
特に雑技団の様な肢体の柔らかさを活かしたパフォーマンスは高位クラスでも見当たらないレベルだ。
因みに不慣れなボカロが無理してそんな動きをすれば、めっちゃ不自然になってしまう。
下手すればCG的に重なってはならない所が重なってしまったりしてヤバい事になるらしい。
そうゆう仕様みたいだ。
この『会話NG』についてはファランクスの結成にあたり、ニーケのオーナーである春日クルミから提示された条件の1つであった。
もう1つの条件はプロフィールやスキル、ステータスを見せることができないので、開示可能な内容については春日自身から口頭で伝えるというものだった。
先日の打合せで、私は蟹江さんに質問した。
「で、どうしましょう。」
蟹江さんはいつもの調子で答えた。
「前回メーティスの時はスマホとパソコンをケーブルで繋いでデータ転送したよね。」
「はい。」
「で、みんなの見ている前で会話をした。」
「はい。」
「で、今回の場合はそれができないから、春日さんの自宅のパソコンとネット回線を通じてコミュニケーションを取ることになりました。」
ネット回線か。春日さん、家に来ちゃって大丈夫なのかな……。
「ニーケとの会話はやっぱりNGなんですよね。」
「いや、これはそのニーケからの提案らしいの。何か、春日さんとニーケだけなら意思の疎通ができるみたいで。どうやってんのか分からないけど……。」
「提案……ですか。」
提案ができる程に会話能力が発達してるのかしら。
「まあ、春日さん自身の考えなのかもしれないけど。そこはもう意向を汲むしかないと。」
「確かに。それじゃあ、会話はどんな形になりますか?」
「そう。で、あなたのお部屋。確か居間があったんだっけ?」
「はい、あります。自慢の寛ぎスペースです!」
これは言っときたかった!
蟹江さんは笑いながら言った。
「それは素敵! いつかお邪魔してもいいかしら。」
「はい、是非。お待ちしております。」って、来られるの? どうやって……!
「そこに、その居間にニーケを迎えて欲しいのよ。」
「つまり、一対一の対話ってことですか。」
「うん、そう。できる?」
「はい、分かりました。」
どうなるか分からんけど。
そして現在。
ああ、そうか。今日は私一人だった……。責任重大じゃん!
まあ、みんなもサナの部屋に来てはくれるけど……。
ううむ、失敗したらどうしよう。間違いなく私のせいだよね、トホホ……。
私は居間のソファーに座り、紅茶の香りによるリラックス効果を求めた。
と、その時何処からか通信が入った。
「ん? アテナかな。」
集合の10時まで後1時間以上あるし……。
「はい、どなたですか?」
すると聞きなれない女性の声がした。
「はじめまして。私、春日クルミと申します。」
春日……ニーケのオーナーさんだよね。
「あ、はじめまして。フィナ・エスカです。」
春日クルミはおどおどした感じで言った。
「突然の連絡、ご無礼をお許しください。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
ここの連絡方法よく分かったな……。
しかも、私の話し方聞いても驚いてないみたい。
「実は皆さんが集まる前にニーケがどうしてもあなたに確認したい事があると……。」
「あ、構いませんよ。」
どうせ、一対一で話すんだしね。
「ではこれからニーケがそちらに伺いますので、よろしくお願いします。」
すると、向かいのソファーの裏手に細身の美しい女性の姿が現れた。
「こんにちは。ニーケ・ヴィクトリアと申します。以後お見知りおきを。」
ふ、普通にしゃべっとるやんけ!
「あ、よろしくお願いします。」
「申し訳ございません。驚いておられるでしょうね。」
「いえ、いや、はい。」
「ふふ、面白い方ですね。」
ニーケは少女の様に可愛らしく笑った。
正直、私の想像を遥かに超えた展開!
アテナ達が覚醒した時のみんなの驚きが分かったよ……。
「あ、どうぞお座りください。今紅茶入れますから。」
ニーケは気品のある笑顔で言った。
「お構いなく。」
私は紅茶を入れると向かいのソファーに座っているニーケに差し出した。
「う~ん。いい香り!」
美味しそうに紅茶を味わうニーケ。神々しいまでに美しき居姿。
「フィナさん、この紅茶とてもいい香りがしますわ。」
「はい、私もこの紅茶大好きで……。」
何て優雅な雰囲気。山本と取っ組み合いをした同じ空間とは思えない。
「ところで、フィナさん。聞いてもよろしい?」
あ、本題忘れてた。
「はい何なりと。」
「あなたも、転生者なんですか?」
キター! ホームラン!
「はい、もしやニーケさんも?」
「はい、その転生者で~す!」
「では、私のことも知ってたんですか?」
「そうですね……このお話しを伺った時ピンと来ました。もしかしたらと。」
「成程、それで前もって確かめに来られたんですか。」
「ごめんなさいね。会うまで確信が持てなかったもので……。」
私だけじゃなかったんだ。何か嬉しいかも!




