26 柿月ヨナさん家
ヨナは帰宅したばかりの兄に近づいた。
「お兄ちゃん、話があるの。」
「ん、どうしたの?」
兄のユタカはいつもの様に優し気な眼差しでヨナを見つめる。
ヨナは先程サナの家でアテナに起こった出来事を伝えた。
「へぇ、そうなんだ……。」
ユタカは少しその事について考えている様だった。
「僕もちょっと会ってみようかな。その、成長したアテナに。」
「うん。多分びっくりするよ!」
普段大人しいヨナがこれほど興奮してる。
その様子から、確かに大きな変化があったのかもしれない。と、ユタカは感じた。
ボカロ同士のコミュニケーションは公式からも推奨されていた。
それは様々な面で情報交換が行われAIの成長に多少なり効果を及ぼすからだ。
会話がとても苦手であったアテナがここまで話せる様になったのも、ユニットとして他のメンバーと行動を共にした事が大いに影響していたのだ。
今回アテナをフィナに会わせたいと言うヨナの『お願い』を聞き入れたのも、アテナの成長に繋がると考えたからだ。
「ま、ヨナの『お願い』なら大抵何でも聞いちゃうんだけどね……。」
2人はモニターの前に座るとアテナを呼んだ。
「アテナ。お兄ちゃん帰って来たよ。」
すると、モニターにアテナが現れた。
「……!」
何も言わずともわかる。表情が、今までとまるで違う!
アテナははじめて見せるにこやかな表情で挨拶をして来た。
「ユタカさん、おかえりなさい。」
「……や、やあ……。アテナ? 本当に……!?」
これは…………まるで……人間じゃないか!
「はい、私ですよ!」
アテナは満面の笑みで答えた。
どうやら今迄みたいなデータ入力的な会話作業は必要ないらしい。
「何か変わったね……。いや、凄く成長したっていうか……。」
「ありがとうございます。でも、前からユタカさんたちとこんな風に話したかったんですよ!」
「そっか。いや、本当によく……。」
ユタカの目から知らぬ間に涙がこぼれた。
今までの長い長い地道な作業もそうだが、その中で随分とこのアテナ・グラウクスに愛着が湧いて来ていたという事実が知らず知らずの内にユタカの心を打ち震えさせたのだろう。
「ユタカさん。泣いてくださるのですね。私はあなた方兄妹がオーナーで本当に良かった!」
ヨナは兄の肩に軽く手を置いた。
「お兄ちゃん。」
ユタカはヨナに涙を見せない様そっと拭った。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと、びっくりしちゃったかな。本当に……まるで魔法みたいだ。」
「うん。私も初めびっくりした。」
二人は笑顔を交わした。
「そうだ、アテナ。もうユニットのメンバーとは連絡を取ったの?」
ユタカは少し言いにくそうに聞いた。
「その、こうゆう状況になってから……。」
アテナは少し心配そうな顔をして言った。
「申し訳ありません。実はまだ連絡してないといいますか……。」
ヨナが話しを継いだ。
「私がね、お兄ちゃんと相談してからの方がいいって言ったの。」
ユタカはそれを聞いてヨナを褒めた。
「うん! いい判断だよ。ヨナ!」
「ウフフ、そうでしょ。」
「確かにとても嬉しい事だけど、僕たちに取っちゃあね。けど世間的には色々まずい面もあるから。ある意味……。」
ユタカはこの事象に潜む様々な問題点を考察してみた。
しかし、幾つかの懸念はあったものの考えはまとまらなかった。
サークルの仲間に相談してみようか……いや……。
「ユタカさん。」
アテナが話しかけて来た。
「もしよろしければフィナさんに相談してみましょうか。アドバイスをもらえるかもしれません。」
ユタカは首を捻った。
「え? フィナさんってボーカロイドの?」
ヨナはフィナ・エスカについてユタカに説明した。
「フィナさんもね、人間みたいなんだよ。フィナさんと話してたらアテナもこうなったの!」
ユタカは半信半疑であったが納得し、その意見を受け入れた。
「成程……。そうだね、先ずは知ってる者同士で考えようって事か。」
「はい、それにフィナさんは本社の研究開発部主任の方ともお知り合いで、たまに連絡を取り合っているとの事ですから。」
「え? 本社って『株式会社3Dボーカロイド』のことだよね。」
「はい。」
「そうか。それはある意味心強い。じゃあ連絡はアテナに任せるよ。」
「はい、任されます!」
3人は顔を突き合わせて笑った。
その頃フィナは高級クッキーの缶を大事そうに棚の奥へとしまい込んでいた。
「後でゆっくり紅茶と共にいただこうかしらね、ムフフ。」
そしてその光景を物陰から見つめる怪しい影。それはスッと音もなく消え去るのである。
(この話の続きが第25話です。)




