169 情報提供者の実力
和田さんは以前七天子に提示された証拠内容を私たちに見せてくれた。
「この事は他言無用でお願いします。警察内部でも混乱を避けるため知る人は限られています。」
私たちはモニターに映し出された資料の内容に目を見張った。
何箇所かは申し訳程度に黒く塗りつぶされていたが……私たちにこんなの見せちゃっていいのかしら。
そこには本人しか知り得ない情報が事細かに記されていたのだ。
皆が資料の内容を見て驚愕している中、初めに口を開いたのは黒木さんだった。
「こんな個人情報……どうやったら調べられるの?」
モニターから和田さんの声がした。
「皆さんも驚かれた事でしょう。私たちも初めてこれを目にした時は不思議でなりませんでした。実際、今でさえ……です。」
やがて映し出されたそれらの資料が私を通して転送されて来た。
おいおい、マジで大丈夫なの?
そうは思いながらも、私はそれらの資料を無線で数台のノートパソコンやパッドに映し出した。
大きなモニターには再び早見さんと和田さんの顔が映し出された。
蛯名さんは「え? え?」と小さな声を出しながら信じられないと言った表情でノートパソコンの資料を捲っていた。
「有り得ない……。これだけの情報が事件発生の翌日に?」
小橋社長と黒木さんも顔を見合わせながら話していた。
「え、何? こんな事まで分かっちゃうもんなの?」
「いえ、普通では絶対不可能な事です。それこそ……!」
黒木さんはそう言いながら何かに気付いた様だった。
早見さんが皆に話しかけた。
「はい、お気付きの方もいらっしゃると思いますが、この様な我々の常識では有り得ない事を遣って退ける者がもし存在するとすれば……奇跡的な……そう、フィナさんたちの様な奇跡的な存在しか考えられないのです!」
「え、私? 2年前、未だいなかったよね。 てえ事はファランクス……も最近覚醒したばかりだしね……。あ! ニーケ? あんた、そんな事……いつの間に!?」
私は思わず口に出してしまった。
ニーケは慌てて私の話しを遮った。
「な、何言ってるの? フィナ。私もみんなと一緒に覚醒したでしょ!」
アテナはニーケの慌て様に疑問を抱いた。
「どうしたのニーケ、何か慌ててるみたいだけど。」
ニーケはハッと気付き、落ち着いている様に振舞った。
「いえ、慌てたわけじゃありませんわ。それに2年前の1月と言えば私たち、まだインストールもされてなかったでしょう?」
メーティスは腕を組みながら上を見上げた。
「そう、私とアテナは去年の3月、ニーケとミネルヴァは確か2月だったよね。」
ニーケが元々覚醒していた事は他の3人には秘密にしてあった。
私は軽率に口に出してしまった事を後悔しつつメーティスの言葉に頷いた。
「成程、つまり私たちじゃあないって事は確定したわけか。でもそれ以外となると……ボカロのものとは全く異なるQCのプログラムとか?」
ニーケは困惑した表情を浮かべた。
「う~ん。でもそんなプログラムあるのかしら。」
ミネルヴァが嬉しそうに言った。
「あ、みんなも私たちと同じ事話してる。」
マイクは切ってあったので私たちの会話はサユリたちには聞こえていなかったが、やはり同じ様な事柄が話題になっていた。
蟹江さんが早見さんたちを見ながら言った。
「フィナたちではない。となると、ん? じゃあ、一体誰がって事になるわよね。また振出しに戻っちゃった。」
蛯名さんが声を低くして呟いた。
「またはフィナさんたちの様な存在が他にも……。」
早見さんは蛯名さんの予想に同意した。
「ある意味その可能性が最も濃厚と言えるかもしれません。ただそうなりますと一つ心配な事があります。」
和田さんが話しを繋いだ。
「はい。先ほど申した事から七天子はあまりにも多くの敵を作ってしまいました。命さえも狙われている事でしょう。ですから慎重に事を進めなければなりません。もしもその正体がフィナさんやファランクスのマネージャーさんの様な若い方だったら猶更です。」
黒木さんはその確率が高い事を示した。
「寧ろ若い人じゃないとこんな怖い事なかなか出来ないんじゃないですかね。しかも比較的に時間の余裕がある身分で、となりますと……。」
星カナデは先程から腕を組んで考える仕草をしていた。
「確かにその通りかもしれません……。ただ逆に、若い人たちだけでこれだけの事が出来るのか、となると私だったら無理かな。資料を見ただけですが証拠の集め方から提出の仕方まで。こんな計画性のある段取りは様々な情報に精通している大人じゃないと無理なんじゃないでしょうか。まあ今回の件は兎も角としてですが……。」
小橋社長はその意見に頷いた。
「そうね。まあ、大人っても私じゃ無理だけど……。蟹江とかなら出来るんじゃない?」
蟹江さんは笑顔で手を横に振った。
「無理無理! だいたい情報が集まんないわよ。フィナのスキル使ったって……ん? どうだろう……。」
その時全員がある一つの事に気が付いた。
私、フィナ・エスカのスキルを使えば情報提供者『七天子』の正体が分かるのでは、と!
蟹江さんが私のボカロボを見てニヤリと笑った。怖っっ!
その時早見さんの声が聞こえた。
「成程、フィナさんやファランクスの皆さんのスキルを使えば七天子の正体を明らかにする事は可能かもしれません。ただ、ここで私たちがその正体を知ってしまって本当に良いのでしょうか?」
蛯名さんはそれを聞いて頷いた。
「確かにそうですね。ここの会話はフィナさんのスキルによって守られていますが、一度ここを離れれば私たちは無防備となります。つまり私たちが正体を知ると言う事は敵に情報が漏れる可能性を格段に引き上げる事となるでしょう。」
小橋社長は思わず自分の口を両手で塞いだ。
「こ、怖い事言わないでよね……。」
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
吉田奈美恵(ナミエ) … AIポリス特殊捜査隊大隊長。ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子
【株式会社ツイストーラス】フィナとファランクスが所属する芸能事務所
小橋レイナ … 社長、代表取締役
黒木ナナ … 副社長。1児の母
【警視庁サイバーポリス】
早見ライザ … 特殊犯罪対策室の室長
和田サトシ … 特殊犯罪対策室研究部のリーダー
【ルンファー】
南宮大学「アイドル研究会」の女性ボーカロイドユニット
研究会顧問は台場タエコ
(株)ノアボカロシステム 芸能事務所に所属
ユメ … マネージャーは月影ユメ。ナビは阿弓セレーネ
アメ … マネージャーは火柱アメ。ナビは囲井ヘスティア
ミン … マネージャーは水野ロウ。ナビは魚住アンフィトリテ
カヨ … マネージャーは木陰カヨ。ナビは花城フローラ
ミア … マネージャーは金城ミア。ナビは宇佐美アフロディーテ
モモ … マネージャーは日土モモ。ナビは耕崎ガイア
サン … マネージャーは日土ミカン。ナビは天童エオス




