157 だだだ、だいじょうぶ!
顧問の台場タエコが彼女たちの秘密を知ったのはちょうど1年前の夏休みの事であった。
大学の研修会が急遽延期となり、気まぐれでコンピューター室を覗いてみると7人全員が床に寝転がっていたのを発見したのが事の発端であった。
いくら呼びかけても起き上がらない為、スマホで救急車を呼び出そうとしたその時、モニターからボーカロイド、つまりユメタンたちが話しかけて来たのだ。
台場は初めこそ驚いたが事情を聴くにつれ現実に何が起こっているのか理解した。
元の身体に戻った7人はこってり小言を言われた後、一つ約束をさせられた。
台場はプリプリ怒りながら確認した。
「これで犯罪に関わる事がいかに危険かって事、分かってもらえたかしらね。しかも海外の大組織や国家までが絡んでるなんて……。」
部長の水野ロウを筆頭に部員全員が謝罪した。
「台場先生、申し訳ありませんでした。」
台場は腕を組みながら言った。
「まあ、金城さんのお父さんを救いたかったって気持ちは分かるけど……。」
木陰カヨが申し訳なさそうに言った。
「何度も言おうか迷ったんですが遂に言えずじまいで……本当にごめんなさい。」
台場は頷きながら言った。
「まあ、そうね……。分かった。とにかくさっき言った様に身バレが一番怖いからね。これはここだけの話にしておきましょう。」
台場は事が事だけにこれ以上の情報漏洩を案じた。
「一つ約束ね。もし身バレした場合は私がすべてやった事にしてもらいます。」
火柱アメが「え!」と驚いた表情を見せた。
「それじゃあ先生が狙われてしまいます。やったのは私たちなのに……。」
台場は凛とした顔つきになった。
「黙らっしゃい! いい? これは最低限の約束よ! 命に関わるんですからね!」
7人は顔を見合わせた。
代表して水野が約束を守る事を承諾した。
「わかりました。約束します。」
台場はゆっくりと頷いてから7人の顔を見回した。
「この約束は絶対に守ってもらいます。分かりましたね。」
そして現在。
顧問の台場は生徒たちを動揺させまいと口を開いた。
「だだだだ、大丈夫よ。きききききっと。」
それを聞いて固唾を呑む生徒たち。
反って皆を不安がらせてしまった様だ。
月影は台場の動揺した言動に反応した。
「そそそそ、そうですよ。そう簡単に身バレなんかしませんから。ね、セレーネ!」
セレーネは申し訳なさそうに言った。
「月影さん、残念ながら今回の件でサイバーポリスのお二人に身バレするのは時間の問題となってしまいました。先程も同じ事言いましたが……。」
「なんと!?」
今回の件とは例の警備員に変装して会議室棟に潜入した男の事件の事だ。
男は面白半分でやったと言っているが実はそうではなかった。
彼女たちの調べによれば彼の正体は某組織の工作員、と言うよりは金で雇われただけの下請けだった。
本来ならこう言った様々な情報をサイバーポリスに提供すべき所だが今はそれどころではなかったのだ。
彼女たちは以前、ユメのナビゲーターである阿弓セレーネと協力して、金城の父が経営する株式会社猫キャットの窮地を救った。
そしてその後もこの事件に拘わる数々の犯罪を暴いて来た。
いつもは周到な計画に沿ってサイバーポリスに情報提供していたのだが、今回は一月ほど前から今日のライブの為に時間を費やしていた。
つまり、捜索及びサイバーポリスへの情報提供はお休みしていたのだ。
ところがライブ終了後、片付けも終わりみんなで一休みしていた所、いきなりカヨタンのナビゲーターであるフローラが物理的危険を感知したのであった。
これは彼女特有のスキルで脈絡無く急に発動してしまう。
木陰カヨが装着していたヘッドセットからフローラの声が聞こえた。
「木陰さん、緊急です。会議棟に男が潜入。3Dボカロ社のパソコンを破壊しようとしている模様です。放火の可能性もあります。」
木陰はフローラに詳細を聞くと顧問の台場にどうすべきか相談した。
「実行までにはまだ時間がある様ですが、早見さんに連絡するなら今すぐじゃないと間に合わないかもしれません。」
これはサイバーポリスが情報提供されてから現場に至るまでの時間を計算した結果から言える事であった。
台場は少し考えてから言った。
「これは放って置くわけには行かないわね。」
火柱アメが苦虫を嚙み潰した様な表情で拳を握った。
「せっかくの夏フェスに茶々入れやがって! 許せない!」
月影ユメは椅子から立ち上がると叫んだ。
「今すぐサイバーポリスに連絡よ! セレーネ、お願い!」
セレーネはヘッドセットを通してユメに忠告した。
「月影さんがそう言うなら止めはしませんが……。今直接連絡すれば身バレするかもしれませんよ。ちょっと時間がかかるかもしれませんが別ルートで情報を提供する等しませんと……。」
頭に血が上っている月影はきっぱりと言った。
「こんな事で夏フェスを中止させるわけには行かない! 今すぐ連絡してあげて!」
水野は月影に聞いた。
「セレーネさんは何て言ってるの?」
月影は自信満々で水野に宣言した。
「大丈夫! 今すぐサイバーポリスに連絡してくれるって。侵入者め、絶対に許さないんだから!」
水野は月影の迫力に圧倒された。
「そうなんだ……。」
大丈夫かな?
この身バレするかもしれないと言う不幸な事態に見舞われた要因は様々あった。
水野たちとセレーネが直接話せなかった事。
水野と火柱のボカロであるミンとVアメは情報を纏める為に休止状態、つまりそのナビゲーターであるアンフィトリテやヘスティアと通話が出来なかった事。
木陰のボカロであるフローラが情報収集に集中していた事。
後輩3人は会場にボカロを持ち込んでいなかった事。
そして何より時間が切迫していた事だ。
ま、言ってしまえばすべて月影の所為なのだが……。
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
吉田奈美恵(ナミエ) … AIポリス特殊捜査隊大隊長。ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子
【株式会社ツイストーラス】フィナとファランクスが所属する芸能事務所
小橋レイナ … 社長、代表取締役
黒木ナナ … 副社長。1児の母
【警視庁サイバーポリス】
早見ライザ … 特殊犯罪対策室の室長
和田サトシ … 特殊犯罪対策室研究部のリーダー
【ルンファー】
南宮大学「アイドル研究会」の女性ボーカロイドユニット
研究会顧問は台場タエコ
(株)ノアボカロシステム 芸能事務所に所属
ユメ … マネージャーは月影ユメ。ナビは阿弓セレーネ
アメ … マネージャーは火柱アメ。ナビは囲井ヘスティア
ミン … マネージャーは水野ロウ。ナビは魚住アンフィトリテ
カヨ … マネージャーは木陰カヨ。ナビは花城フローラ
ミア … マネージャーは金城ミア。ナビは宇佐美アフロディーテ
モモ … マネージャーは日土モモ。ナビは耕崎ガイア
サン … マネージャーは日土ミカン。ナビは天童エオス




