151 それぞれのナイト
私たちはイベントホールへと足を運んだ。
先程と比べると会場内を行き交う人々の数は少し減っていた。
ふと第3会場前を見ると、今まであまり見られなかった高齢者や初老の方、子ども連れの人が次々と入場して行った。
米田コウジのライブが行われる第3会場には休憩時間中に1000席分のパイプ椅子が並べられていた。
高齢者や身体が不自由な人に対する配慮である。
米田コウジだけを見に来る人もかなりの人数見受けられた。
彼のライブは大抵時間内に終わらない事が多く、順番を最後にしたのにはそういった理由もあった。
ファン層を考慮してライブ自体が比較的ゆっくりと進行する為だ。
米田コウジのライブが延長する事に対し不公平だと言う人はいない。
皆その辺は理解してくれていた。
さて、ホール内では一つ前のライブの熱気がまだ冷めやらぬ様だ。
ルンファーのライブもかなり盛り上がったみたい。
私は席につくと早速アテナに聞いてみた。
「アテナ、どうだった? ルンファーのライブは。」
「…………。」
「アテナ、いるの?」
「……ああ、ごめんフィナ。ちょっとニーケたちと話していたもので。」
「何かあったの?」
「ええ、そんな大した事じゃないのよ。ニーケがまた計算事の切っ掛けがあったって言うから。で、話し合ってたわけ。しかもミーネまで同じ事言い出しちゃってさ。」
「え、ミーネまで……。ライブ見ていただけなのに?」
「う~ん。何が要因になったのかは分からない。でもまあ取り敢えず明日のイベントが終わってからって事になった。前回みたいにいつ終了するか分からないからね。」
私は気を取り直して質問した。
「うん、その方がいいよ! で、ライブの方はどうだったの?」
「ええ、凄くよかったわよ。まさかあれ程成長していたなんてね! 流石初出場でメイン会場だってのも頷ける。正直初めは彼女たちのあまりの急成長に呆気に取られてた。でも……。」
「うんうん。でも?」
「いえ、ちょっと不思議な感覚があったと言うか……。お互いを見合っている様な、通じ合ってる様な。いや、気のせいかも知れないけど……。」
そこにメーティスが割り込んで来た。
「話しの途中ごめん。実は私もアテナと同じ様な感覚があった。何かを思い出しそうな……。それが凄く気に掛かってしまってね。ミーネはどうだったんだろう。」
ミネルヴァの声が聞こえた。
「私は……今は言わないでおくよ。言ったらニーケの計算事がまたまた増えちゃいそうだし。」
以前ミネルヴァの話を聞いた時、ニーケは通常より少し長い計算事に入った。
ニーケがいくら制御できるとは言っても何が起こるか分からない。
いきなり計算事に入ってしまい明日のイベントに間に合わなくなるなんて事になれば一大事だ。
ニーケが笑いながら話しかけて来た。
「ウフフ。そうね、謎を解明したいってゆう気持ちもあるけど。取り敢えず明日が終わるまでは我慢しておくわ。で、それはともかく……。」
意味ありげなその言葉に私は思わず聞き返した。
「ともかく?」
ニーケは少し小声で言った。
「何か……今晩当たり……いえ、多分大丈夫。」
「そう。ま、大丈夫ならいいんだけど。」
ブザーが鳴り田町ナイトのライブが始まった。
今までとは打って変わって会場内がとても静かだ。
暫くするとアコースティックギターの静かな、それでいて何とも人の心を引き寄せる魅力的な音色が響き渡った。
そしてその曲が鳴り止むと舞台右手から田町ナイトがギターを片手にゆっくりと会場を見回しながら出て来た。
ファンらしき人たちが数人「ナイト!」と叫んでいるのが聞こえた。
彼は会場に軽く手を振ると一礼して中央の椅子に座った。
1曲目は『波動の行先』。
昨年WEBドラマの主題歌として人気を博した歌である。
このドラマは主人公が信じていたすべてに裏切られて行くという何ともおどろおどろしい内容らしい。
まあ、私は見た事ないんだけどね。
でもドラマの内容とは少し違って不安定ながらも希望が持てる感じの歌詞だ。
田町ナイトの歌声がそう思わせるのだろうか。
伸びがあって力強い、それでいて弱弱しく虚無的な歌声。
にしても何でこんな歌い方できるんだ? 凄げ……!
2曲目の『ギャンブラーの誤謬』はこんな題名にも関わらずコミカルで少しノリのいい明るい感じの歌。
私も思わず頭上で手拍子しちゃったよ。
3曲目の『愛される者たちの補集合に属する私たちのバラード』は心地よい落ち着いた感じの曲調。ま、内容はちょい社会風刺って感じだけど……。
これは田町ナイトじゃないと歌い上げるのは難しいだろうね。
4曲目『お前さっきまで人権がどうのって言ってたよね』はポップな曲調で歌詞自体はコミカルだけど……よくよく考えてみるとちょっと怖い感じ。
人権を訴える人が自分の主義主張、信仰や内輪の事になると豹変して平気で人権侵害し出す様をカワイイ感じで仕上げている所が逆に……ね。
「……反面、愛するって事は愛する者とそうでない者を差別化する事だ。」
田町ナイトがこのセリフを言った瞬間、ファンのみんなは次の曲目が何なのかすぐに分かったらしい。
「差別を生み、やがて否応なく戦を生じさせ、しかもその残虐を肯定し、まるで正しい事の様に見せかける。だから俺は本物だけを大切にしたい……。」
このセリフから始まる5曲目『断罪』は「愛」(という言葉)を利用する(支配)者を断罪するって感じの歌詞。かなり過激。
作詞した人に一体何があったんだろう……。ちょっと心配。
バンドはヘヴィメタ! って感じの激しい曲調。
サビの部分はみんなで大合唱! めっちゃ盛り上がった!
6曲目『ダークギフト』。
これは気付かれる事のないすべての優しさに感謝を伝える歌詞。
聞かせるバラード。
ラストは『人類が滅亡する前に』。
ただ何(な~ん)にも考えずに恋を楽しもう! 的な歌詞。 単純明快。
最後にみんなで大盛り上がりだ! わしょー~い!
ライブが終わり、田町ナイトは笑顔で観客に手を振りながら「ありがとう!」と何度も言った。
そしていつまでも止む事のない拍手と声援の中、舞台から捌けて行った。
これだけバラエティ豊かな楽曲を見事に歌い上げてしまうなんて……。
田町ナイト……強えーーっ!!
けど、このバラエティでマルチな感じ、初期のボカロの良さが形を変えて引き継がれてるよね。
私は同じ歌でも歌い手や曲調によって全然違ったものになってしまうんだなって事を痛感した。
ああ、私も早く自分のオリジナルの歌が歌いてえええ!
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子
【夏フェスのスケジュール】
※①メイン会場・イベントホール、②第2会場、③第3会場
初日 8月19日(金)
9:30 入場開始
10:00 ①②③開会式 ミカ・ルク
10:20 ①②③神崎ノア
11:00 休憩
11:20 ①③レミファーナ、②渡サナエ
12:00 休憩
12:20 ①山倉ケン、②流山恋、③ジャッカル
13:00 休憩
13:20 ①③市川ココナ、②カロン
14:00 休憩
14:20 ①③猫山チエリ、②スミレ
15:00 休憩
15:20 ①ルンファー、②野口ミナコ、③チャンディ
16:00 休憩
16:20 ①田町ナイト、②ロストロン、③米田コウジ
17:00 終了
2日目 8月20日(土)
9:30 入場開始
10:00 開会式 ミカ・ルク
10:20 ①②③紅カジン
11:00 休憩
11:20 ①③バグランド、②SUMIKA
12:00 休憩
12:20 ①③黒崎ネム、②村山トウコ
13:00 休憩
13:20 ①③市川カナデ、②ウーギス
14:00 休憩
14:20 ①[イベント準備]、②ムーニャン、③紫苑ラヴィ
15:00 休憩
15:10 ①②③イベント
16:00 イベント終了
16:20 メイン会場で3Dボカロの物販(ファランクスDVD、CD)
17:00 終了




