149 謎の情報提供者【2年前の話】
その晩のうちにサイバーポリスが犯人の男を逮捕した。
男は他に窃盗を何度も繰り返しており、警察は先ずそれを理由にしょっ引いたのだ。
監視カメラから抽出したいくつもの証拠映像や男が盗品をサイトで売り払った数々の痕跡が決め手となった。
勿論、それらの証拠もすべてセレーネが手配したものだ。
犯人が少しでも早く逮捕されて金城やみんなが安心できる様にと。
家宅捜索が行われ押収したパソコン等から株式会社猫キャット、他3社へのサイバー攻撃の証拠もすべて揃った。
この事件は新聞やニュースでも報道されたが、被害にあった会社名が公表される事はなかった。
ただ、この事件には不可解な点も多かった。
さほど知識を持たないこの男がたった一人で4社もの企業にあれだけ高度なサイバー攻撃を仕掛ける事が果たして出来得るのだろうか。
男の供述によればネット上でハッキングの仕方が紹介されており、その手順に沿って実行してみたらあまりにも簡単に成功してしまったとの事であった。
そのサイトには4つの海外サイトへのリンクが貼られていた。
それぞれのサイトでファイルをダウンロードし、それらを組み合わせるとクラッキングソフトが完成する仕組みになっていたのだ。
勿論組み合わせるのもソフトを使えば自動でやってくれるし、ファイルの1つ1つに違法性は見当たらない。
更にはそのファイルの作成者や発信元は探れない様になっていた。
巧みに法の網を潜ったやり方だ。
男はクラッキングソフトの示す手順に従って実行した。
一社目は遊び半分だったので身代金もそれ程高額にはしなかった。
それが功を奏したのか、会社側はその日のうちに指定通りの金額を振り込んで来た。
男は味を占め、その翌日3つの会社に同様の手口でサイバー攻撃を仕掛けたのだった。
そのハッキングの仕方が紹介されていたサイトは既に消去されていたが、セレーネはその復元を成功させていた。
そこには何と『狙い易い日本の商社』なるランキング表が存在し、解析の結果十中八九株式会社猫キャットに多額の金を要求する様巧みに仕向けられていた。
セレーネは月影ユメたちに、それについても追及するか問うた。
木陰カヨは「ミアの事も心配だから今日は解散して明日考えよう」と提案した。
次の日は土曜日であったが、月影もさすがに疲労困憊の様子であり、皆木陰の意見に賛同した。
5人はこの事については他言無用とした。
金城ミアが帰宅して暫くすると彼女の母親から連絡が入った。
そして事件が無事解決した事を告げられると金城は胸を撫で下ろした。
「よかった。やっぱり夢じゃなかったんだ!」
そう。彼女が夢と見紛うほどに、この日あった出来事は現実離れしていたのだ。
さて、それから数日後。
ここは警視庁サイバーポリス特殊犯罪対策室の会議室である。
室長の早見ライザ、研究部リーダーの和田サトシを中心に今回の事件について対策会議が行われていた。
司会の研究部員、高城アニーが席を立ち全体に告げた。
「それでは全員集まりましたので会議を始めたいと思います。本日も情報科学国際研究センターの久保田相談役、相田川部長にお越しいただいてます。」
情報科学国際研究センターの日本支部サイバー犯罪対策課相談役の久保田ソウキチと日本支部犯罪対策総合研究部部長の相田川ハナコがぺこりとお辞儀をした。
皆それに合わせて一礼した。
この二人はここでは既に顔馴染みであった為、紹介は簡単であった。
高城が話しを続けた。
「今回の議題は先日発生致しました4企業に対するサイバー攻撃を用いた恐喝事件、及びその後の顛末についてです。大まかな内容は先に配布した資料の通りです。その後の新情報などありましたらお願いします。」
和田が挙手し発言した。
「先日の事件なんですが皆さんご存じの通り、情報提供者の身元がまだ分かっていません。あれだけの情報を事件直後にすべて揃えている事から内部告発の線で調べてみたんですが……。正直申しまして容疑者近辺にあんな芸当ができる人物は見当たらず、と言うより容疑者に貼り付いてでもいない限りとても不可能と言わざるを得ません。いえ、仮に超一流のハッカー集団でも……一体どうやったのか全くわかっていません。」
相田川が発言した。
「和田さんの研究室でさえ理解できない事をやって退けた集団がある事は脅威です。ただそれは今後調査を進めて行くしかないでしょう。私たちも協力は惜しみません。」
和田がぺこりと頭を下げた。
相田川は和田に微笑みかけると話しを続けた。
「話は少し変わりますが、今回の件に関しまして本部の方から日本の警察に感謝の辞が送られています。この事件は当方でもかなり前から頭を抱えておりましたので皆心底喜んでおりました。勿論被害にあっていた方々もとても喜んでいます。」
相田川は情報科学国際研究センター所長からの感謝の辞を読み上げた。
これは今回の事件に端を発した国際的クラッカー集団の一斉検挙に対する謝辞であった。
月影たちはあの後、男が事件を起こす切っ掛けとなったサイトから組織関係者を洗い出し、そのリストを証拠と共に警察に送ったのであった。
金城の父親の会社が狙われた事件の時もそうであった様に、その数々の証拠は犯罪を立証するには余りあるものであった。
しかも時間が経つと逮捕できる確率が下がる事は明確であった為、上層部と話し合った上で早急に捜査へと踏み切ったのだ。
その被害は企業だけではなく個人にまで及び、優に1000件を超えていた。
主犯の組織は今回の犯人の様な者にアクセスし恐喝も交えて実行部隊を編成していた。
主犯自体はそう簡単に逮捕されない様、幾重にも予防線が貼られていた。
それにも拘らず今回の証拠群でその全てが暴かれたのだ。
早見と和田だけではなく、今回逮捕されなかった犯罪組織関係者も裏でこの不可解な情報提供者を様々な形で捜索した。
しかし何一つとして知り得る事はできなかった。
和田はどうやらQCが絡んでいるのではないかと様々な研究所を調査したが、正直これも全く以て分からなかった。
その後も調べれば調べる程、何とも不可思議な現実を受け入れざるを得なかったのだ。
そして早見ライザ率いるサイバーポリスはその後何度もこの謎の情報提供者によって助けられる事になる。
この一連の事件は早見ライザと和田サトシがフィナ・エスカと衝撃の対面を果たす2年前の出来事であった。
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
吉田奈美恵(ナミエ) … AIポリス特殊捜査隊大隊長。ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【ボーカロイド】※フィナ、ファランクスを除く
<(株)光音プロダクション>
市川ココナ … 女性ボカロ。(株)市川電算に所属
マネージャーは市川ジロウ、サキエ夫妻
市川カナデ … 女性ボカロ。(株)市川電算に所属
マネージャーは市川ジロウ、サキエ夫妻
<(株)ノアボカロシステム 芸能事務所>
ルンファー … ユメ、アメ、ミン、カヨからなる女性ユニット
南宮大学「アイドル研究会」に所属
マネージャーは月影ユメ、火柱アメ、水野ロウ、木陰カヨ
研究会顧問は台場タエコ、後輩の金城ミアは金城エイジの娘
※月影ユメと混同しない為にボカロのユメをVユメとする
月影ユメ以外のメンバーはVユメの事をユメタンと呼んでいる
阿弓セレーネはVユメのマネージャー
<(株)猫CAT 芸能事務所>
猫山チエリ … 女性ボカロ。(株)猫CATに所属
マネージャーは金城エイジ、大木アコ
【警視庁サイバーポリス】
早見ライザ … 特殊犯罪対策室の室長
和田サトシ … 特殊犯罪対策室研究部のリーダー
【情報科学国際研究センター】国直属の機関
久保田ソウキチ … 日本支部サイバー犯罪対策課相談役
相田川ハナコ … 日本支部サイバー犯罪対策課総合研究部の部長




