140 注文の多い娘【2年前の話】
それから一月の間は部員にとって大変な日々が続いた。
様々な支援ソフトのインストールとその使用。
それに伴う新しい情報の収集やその活用。
また、夏休みという事もあり、校長はじめ多くの先生や教授、大学院生たちが事ある毎に様子を見に来たり進捗状況を確認しに来たりと、部員は皆多忙を極めていた。
更には噂を聞き付けた他大学の先生や企業、法人の研究者までが見に来る始末だ。
しかし、顧問の台場がうまい事調整してくれたりソフトの使い方をレクチャーしてくれたりと、全力でバックアップしてくれたので何とか乗り切る事ができていた。
金城ミアが父親から支援ソフトの詳細や活用の方法を聞いて来てくれた事も大きな助けとなった。
金城ミアの父親は(株)猫キャット社長の金城エイジで、ボーカロイド猫山チエリのプロデューサーでもある。
彼は娘のミアが部活で3Dボカロを取り扱う事について大いに喜んでいた。
猫山チエリもネット上で結構話題になりだしており、そこに行き着くまでの過程で学んだノウハウをミアに惜しげもなく伝えてくれたのだ。
そんな中であってもボカロのユメ(以下Vユメ)の成長は著しいものがあった。
イベント用に初めて『ドレミ……』を歌った時などは皆大興奮したし、童謡の一番を歌い上げた時などは皆歓喜した。
自分たちの努力が一つの成果を成し遂げた喜びもあったが、何よりその素晴らしい歌声に感動したのだ。
可憐だが力強く伸びのある声。心に響き渡るその歌声は月影たちのやる気を益々(ますます)盛り上げた。
とは言え月影は難しい事が苦手だったので主に雑用を頑張っていた。
「アメちゃん、これプリントアウトしたやつ持ってきた。紙も補給しといたよ。」
「ロウちゃん、書類仕分けるやつ持ってきたけど……この山ごとに分けとくね!」
「カヨちゃん、ダウンロード4つとも終わったよ! これもやっとく?」
「ミアちゃん、デジカメと付箋持ってきたよ。3種類。3色!」
結構気が利いている。
しかし、月影の注文は何気に多く、皆それには苦慮していた。
「う~ん、『た』の所がちょっと何て言うの? もっと『た!』って感じで……。」
「この辺のフレーズが平坦っていうか……もっと重厚にできない?」
「ちょっと声が軽い感じかな。高すぎるっていうか……。」
「ああ、そうなっちゃうか~。機械っぽさがね……何とかならないかな~。」
言いたい放題の我儘オヤジである。
しかし4人は無邪気で素直な月影を優しく見守っていた。
まあ、月影の言ってる事は的を得ている所もあるし、何と言ってもこれが月影ユメなのだから仕方ないのだ。
そんなこんなで夏休みが明けて更に3か月が過ぎた。
Vユメの歌や会話はみんなの奮闘もあり、かなり上達していた。
さて、これは他のボカロたちにも言える事だが、Vユメの会話には大きく分けて2通りの方法があった。
1つは予め入力された文章を話の流れに沿って臨機応変に読み上げるものだ。
これはAI部分による処理が多く、会話というよりは一方通行の語りかけ等に多用されている。
調整の甲斐あって今ではかなり流暢に話せる様になった。
もう1つはQCによる文章構築からの会話表現だ。
これはまだまだ機械的な話し方になってしまう。
また、少し複雑になると意味不明なセリフが出てきたり会話が止まってしまう事が多くなる。
「うまく表現できません。」や「伝え方が分かりません。」が連続してしまうのだ。
しかし、たまにうまく行く事がある。
そんな時の彼女の言葉は拙い表現でありながらも、まるでVユメの本心が聞けた感じがするのだ。
ここから一月前の10月中旬、月影たちは初めてVユメの歌に合わせてダンスを踊った。
空き教室の荷物を除けて、プロジェクターでVユメを拡大投影し4人とは向かい合わせの状態で踊ってみた。
すると初めてにしてはかなり上手く行ってしまったのだ。
月影は踊っている時にあまりにも息がぴったり合った事に感動して泣いてしまった程である。
曲が終わった後、月影ユメは自分の分身であるVユメに満面の笑顔を向けて言った。
「ユメ! めっちゃ良かった!」
他の4人も満足気だ。
4人というのは火柱アメ、水野ロウ、木陰カヨ、それと新しくアイドル研のメンバーとなった金城ミアである。
皆がVユメの成長振りを大いに称えた。
火柱はVユメに向かって言った。
「ユメタン、本当に良かった。めっちゃ気持ち良く踊れたよ!」
ユメタンとは月影ユメと区別する為に考案されたVユメの呼び名だった。
月影以外は皆この呼び名を使っている。
月影はVユメを頼もしそうに見つめながら言った。
「ユメ! ユメはどうだった?」
Vユメはたどたどしくも話し始めた。
「初めは皆さんに合わせ……ました。頑張りました。歌っている途中で、何かの別の目的が現れました。」
月影たちは頷きながら真剣に聞いている。
Vユメは一生懸命5人に伝えようとしている。
「そして、みんなは一緒に合わせました。1つになりました。ずっと、皆さんと歌いたいです。みんなにお聞きします。これが感動ですか?」
月影は笑顔で言った。
「ユメも喜んでくれてるんだね! そう、それがきっと感動だよ!」
半分開けた窓から秋の風が心地よく吹き抜け、5人は心を落ち着けた。
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
吉田奈美恵(ナミエ) … AIポリス特殊捜査隊大隊長。ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【ボーカロイド】※フィナ、ファランクスを除く
<(株)光音プロダクション>
市川ココナ … 女性ボカロ。(株)市川電算に所属
マネージャーは市川ジロウ、サキエ夫妻
市川カナデ … 女性ボカロ。(株)市川電算に所属
マネージャーは市川ジロウ、サキエ夫妻
<(株)ノアボカロシステム 芸能事務所>
ルンファー … ユメ、アメ、ミン、カヨからなる女性ユニット
南宮大学「アイドル研究会」に所属
マネージャーは月影ユメ、火柱アメ、水野ロウ、木陰カヨ
<(株)猫CAT 芸能事務所>
猫山チエリ … 女性ボカロ。(株)猫CATに所属
マネージャーは金城エイジ、大木アコ




