134 ドキドキSP
蛯名は白鳥と蟹江に自分の考えを言ってみる事にした。
「私、専門じゃないので白鳥さんからすれば幼稚な考えになってしまいますが……。」
白鳥は黙って聞いている。
蟹江は一言言った。
「大丈夫よ。ここだけの話しだし。言っちゃって。」
蛯名はその言葉に頷くと話しを始めた。
「遅延選択量子イレイザー実験、詳しい事は分からないんですがあの実験ではスリットを通り抜けた光子を特殊な結晶に照射させる事で2つの光子を同時に発生させます。」
白鳥は頷いた。
「結晶って言うのは例えばβ相のメタホウ酸バリウムや複屈折プリズム群かしらね。発生した2つの光子は量子もつれの状態にあるから一方の光子がどちらのスリットを通り抜けたか判明すればもう片方の光子が干渉縞を描かなくなる。」
蟹江はキョトンとしながら質問した。
「つまりどう言う事? スリットを通ってきた光子が2つに分かれたみたいな感じ?」
蛯名は蟹江の方を見ながら言った。
「はい、イメージとしてはそんな感じです。で、その2つの光子に名前を付けてみます。一方は干渉縞の有無を測定する為の光子1、もう一方はどちらのスリットを通ったか判別するための光子2とします。光子1が干渉縞を作るかどうかを調べる検出器をD0。この実験で光子2は複雑な経路を通りますが、最終的に4つの検出器の何れかランダムに行き着きます。これらの検出器をそれぞれD1、D2、D3、D4とします。」
白鳥は目を瞑って頷いている。
蟹江は紙にメモをして考えをまとめている。
蛯名は話しを続けた。
「2つのスリットをスリットA、スリットBとすれば4つの検出器の内、D3で光子2が検出された場合はスリットAを通った事が確定し、D4で光子2が検出されればスリットBを通った事が確定します。つまり光子1の方は干渉縞を描かなくなります。」
蟹江は質問した。
「ああ、それって確かハーフミラーや鏡を使って経路をコントロールするのよね。何か私も見た事ある。思い出して来た!」
蛯名は蟹江の方を見て「はい。」と頷き話しを続けた。
「ところがD1やD2で光子2が検出された場合はどちらのスリットを通ったのか確定しないので干渉縞が消えません。」
蟹江はうんうんと頷きながら質問した。
「でも光子2がどの検出器に行ったか分からないのに光子1は検出器(D0)1つで検出してるんでしょう? D0で検出されたたくさんの光子の跡の内どれがD1からD4のどの検出器に対応してるかって調べるの?」
蛯名はその質問に答えた。
「ナノ秒単位で光子2がD1からD4のどの検出器で検出されたのかと、その時光子1はD0のどの点に行き着いたのかをデータに取って行き、後から対応させる様です。」
蟹江は渋い顔をして言った。
「うわ。そんな面倒くさい事やってんの。かああ……。」
蛯名は更に話しを続けた。
「ここで奇妙な事が起こります。光子2が検出器にたどり着く前に光子1は検出器D0にたどり着く様調整されていますので、D0に干渉縞が現れるかどうかはD1からD4で観測結果が出る前から確定していた事になります。または後に観測結果が出た時点で干渉縞が現れると言う結果が後々(のちのち)書き換えられたのか……。あたかもそのどちらかであるかの様に見えてしまうんです。」
蟹江さんは興味深げに言った。
「未来予想か過去改変って事?」
蛯名は「う~ん。」と言いながら答えた。
「それはまだ分かっていません。何故干渉縞が消えるかすらハッキリと分かってないんですから。」
白鳥は冷静な表情で言った。
「ここまでは遅延選択量子イレイザー実験の内容ですよね。」
蛯名は頷いた。
「はい。ちょっと話しが長くなってしまってすみません。で、この光子2の方の経路なんですが、もっと単純化して、例えばスリットAを通るとD1に、スリットBを通るとD2に行くようにしておきます。」
蟹江は言った。
「そうすると干渉縞は消えるわね。どちらのスリットを通ったか確定だもの。」
蛯名は頷いた。
「はい。そこでこの経路の途中にある『装置』を組み込みます。これはプリズムやミラー、ハーフミラーなどを使って経路をランダムに入れ替える装置です。」
蟹江は言った。
「うん、そうすると干渉縞は逆に消えなくなるわね。どっちを通ったか分からないんだもの。」
蛯名は頷きながら言った。
「はい。この装置で経路が入れ替わらない状態をM1、入れ替わる状態をM2とします。M1とM2のどちらになったのか、その情報はブラックボックス内のみに留めて置きます。まあ、このブラックボックスの作成が第一関門なんですが……。」
蟹江はメモを取りながら言った。
「ん? 何か論理学みたいな……。」
蛯名はこちらを興味深げに見ている白鳥に向かって話しを続けた。
「M1の状態だとD1ならスリットA、D2ならスリットB。M2の状態であればその逆、つまりD1ならスリットB、D2ならスリットAを通った事になります。」
白鳥は蛯名の話しの先を予想した。
「それを人間へのQ&Aに置き換えるの?」
蛯名は目を見開いて頷いた。
「はい。例えば箱の中に何が入っているか。因みに答えはキャンディーです。」
蟹江は2度うんうんと頷いた。
蛯名は話しを続けた。
「答えの選択肢はM1の場合はAがキャンディ、Bが消しゴムとします。M2の場合はAとBが逆になります。但しこのQ&Aの組み合わせはブラックボックスのM1、M2の情報と連動していて被験者のみがこのQ&Aの内容を知る事ができるものとします。この論理回路の作成が第二関門ですね。」
蟹江は少し興奮気味に言った。
「もし答えを知っていればAが確定して干渉縞は消えるし、もし知らなければ確定しないので干渉縞はそのままって事? しかもそれって被験者が何も言わなくてもAかBか心の中で分かっただけで決まってしまうって事でしょう……。やだ! 何かちょっとドキドキしてきた……私。年甲斐もなくだけど!」
蛯名は目を輝かせている蟹江の方を見た。
「はい。まあ装置の調整にしても被験者の反応による影響もそんな簡単に行くとは思いませんが……。白鳥さんはどう思われますか?」
白鳥はニッコリと笑顔を見せるとこう言った。
「うん、おもしろい。金と時間があれば試してみる価値はあるかもしれませんね。」
※遅延選択量子イレイザー実験につきましては『量子消しゴム実験』などで検索すると図解がありますので参考にしてください。
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【サナの友だち】
山梨ユキナ … サナの友だち。9歳。優しい。母は料理上手。兄にサダオがいる
栗木ミナ … サナの友だち。9歳。元気。
桃園マナミ … サナの友だち。9歳。おしゃれ。
柿月ヨナ … サナの友だち。9歳。物静か。兄のユタカはアテナのマネージャー
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
吉田奈美恵(ナミエ) … AIポリス特殊捜査隊大隊長。ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
卯月カナメ … 第2研究開発部主任。
白鳥マイ … 第3研究開発部主任。天才。息子1人
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子




