133 主も悪よのう
遡る事今日の昼食時、蟹江は同僚の蛯名、卯月、白鳥と共に近場のレストランで食事をとった。
皆が食べ終わって一息ついた頃、卯月に連絡が入り彼女一人だけ先にレストランを後にした。
蟹江は白鳥に質問した。
「そう言えばこの前のデータ、見てみたって言ってたけど。あのQCの施設から持って来たやつ。どうだったの?」
白鳥は食後のコーヒーを一口飲むと蟹江たちに告げた。
「あ、ごめんなさい。ある程度こちらで調べてから報告しようと思ってたので。あの後すぐに解析してみたらアクセスした痕跡が微量ですが検出されました。」
蛯名が聞いた。
「え! 何者かがあの厳重なセキュリティーを破ったって事ですか?」
白鳥は冷静な口調で言った。
「常識的には無理ですが、例えば3Dボカロや親会社の一部のコンピュータからならアクセスが可能です。今それらのコンピューターのアクセス履歴を調べてもらっていますが……今の所これと言った進展はありません。」
蟹江は少し小さい声で言った。
「やっぱりあいつらかしらね。」
蛯名は白鳥に質問した。
「白鳥さんは緑と赤の事どうお考えですか?」
白鳥は蛯名の方を向いて言った。
「そうですね……正直分かりません。が、私たちの科学が彼女たちのそれに対してまだまだ未熟であるという自覚はあります。」
蛯名は頷きながら答えた。
「つまりこの世界より更に成熟した科学が実在すると言う事ですね。」
蟹江はニヤケながら蛯名に聞いた。
「ねえ、あれ。あの事聞いてみたら? 例の心を読む機械。」
白鳥は蟹江の方を見た。
「心を読む機械?」
蛯名は半笑いで言った。
「そんな大袈裟なものではないと思うんですが……。実は以前、波動関数の収縮を利用して人間の認知を測定するみたいな記事を見たんですけど、白鳥さん聞いた事ありませんか?」
すると普段無表情の白鳥がプッと吹いた。
「あ、白鳥さんが笑った……!」
蟹江と蛯名は少し驚きながら白鳥の笑った顔を覗き込んだ。
「あ、ごめんなさい。それ、多分私が原因。」
白鳥はすぐに落ち着いた口調になった。
「私が大学で研究してた頃に言った内容を同僚が記事にして公開しちゃったものかと……。」
蟹江と蛯名はキツネにつままれた様な顔をしていた。
「え? それって白鳥さんが考えたんですか?」
白鳥は少し微笑みながら言った。
「いえ、あれはね……私が大学で研究してた頃に予算を減らすって言われたもので。何とかしなくちゃと思い、口から出まかせを言ったんですよ。」
蟹江と蛯名はキョトンとしている。
白鳥は話しを続けた。
「私たちが携わってた研究分野はこの当時すぐにも経済効果が見込まれる様なものではありませんでした。で、ちょうど不景気なんかもあったりして予算が大幅に削られそうになってしまったんです。それで、あの人たちも『観測問題』の事は知ってたみたいだったので……。」
蟹江は大きく頷いた。
「成程。それでそんな出まかせを? あ、ごめんなさい。」
白鳥はクスっと笑った。
「そう。私たちは量子の観測に関する独自の研究を進めていたんだけどね。それが将来的にどんな事に役立つのかを言ってやれば専門の知識を持たない出資者も金を出す気になるでしょう。ただ、量子コンピューターも当時はまだ現実味を帯びてなかったし、何かインパクトがある理由が欲しかったんです。」
観測問題とは二重スリット実験の干渉縞が人間の観測によって消えてしまうというものだ。【第105話参照】
つまり2つのスリットの内、電子がどちらのスリットを通ったのか観測してその結果を得た(どちらを通ったかが分かった)と同時に干渉縞が消えてしまうのだ。
但し本当に同時と言えるかどうかは意見が分かれるところ。
観測問題にはコペンハーゲン解釈や多世界解釈、意識解釈等様々な予想や考え方があるが、その理由は未だ分かっていない。
白鳥は人類の無知を期待に変換させたのだ。
素人がそんな事を言えば「そんな馬鹿な話しあり得んだろう」等と鼻であしらわれる所だが、まだ子どもだったとは言え才女白鳥が言った事となれば話しは違った。
蟹江は驚愕しながらも感心した様に言った。
「へえ、白鳥さんもそんな大それた事するんだ。」
普段あまり見られない白鳥の笑顔に興味を持ちつつも蛯名は質問した。
「検索してみたんですけど、その記事今は何処にも見つからなかったんですよね……。」
白鳥は答えた。
「ええ、あんな記事出したら何かとまずいので、流石に。で、すぐに削除してもらったんです。だから削除するまでの数週間で蛯名さんがその記事を読んだのも凄い偶然。」
白鳥は蛯名たちに質問した。
「で、何でそんな話しになったんでしたっけ?」
蟹江と蛯名は目的の記事の原因となった人物がこんなに近くにいた、しかも質問しようとしていた本人であったという余りの偶然に未だ動揺していた。
蟹江は頭を切り替えて何とか白鳥に返事をした。
「あ、ごめんなさい。ちょっとまだ驚いちゃってて……。そう、緑と赤がほら、私たちの心ん中読んだみたいな事があったでしょう。それでどうやってんのかって話しになって……。」
白鳥は頷きながら言った。
「成程……。蛯名さんは何かそれについて考えを進めてみたの?」
『流石白鳥さん。蛯名の事をわかっている。』と蟹江は感心した。
蛯名は白鳥が思った通り自分なりに考えを進めていた。
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【サナの友だち】
山梨ユキナ … サナの友だち。9歳。優しい。母は料理上手。兄にサダオがいる
栗木ミナ … サナの友だち。9歳。元気。
桃園マナミ … サナの友だち。9歳。おしゃれ。
柿月ヨナ … サナの友だち。9歳。物静か。兄のユタカはアテナのマネージャー
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
吉田奈美恵(ナミエ) … AIポリス特殊捜査隊大隊長。ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
卯月カナメ … 第2研究開発部主任。
白鳥マイ … 第3研究開発部主任。天才。息子1人
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子




