109 ダメ出し大好き龍崎さん
第7研究開発部主任の未木タツヤは椅子にもたれかけながら呟いた。
「ああ、いよいよ明日か。」
第8研究開発部主任の龍崎アヤネが作業をしながら尋ねた。
「何がよ?」
未木は笑いながら答えた。
「夏フェスですよ。」
龍崎が無表情で応答した。
「ああ。」
ここは龍崎が主任を務める第8研究開発部の主任室だ。
二人は夏フェス終了後から販売予定の一般家庭用3Dボーカロイド『みんなのボカロ3D』の無料拡張コンテンツの動作確認を行っていた。
この拡張コンテンツは本来の『3Dボーカロイド』との差別化を図る為に当初から準備はされていた。(最終的には『3Dボーカロイド』にも採用されることになってしまったが……。)
コンテンツのプログラム開発にはボカロの思考や行為、フィジカル等を研究している第7研究開発部の協力が必要だった為、今もこうして未木が龍崎の所にやって来て意見交換をしていたのだ。
計画段階でこの内容のコンテンツなら頃合いを見計らって後々配布する方が効果的との結論に至った為、開発の時間には余裕があった。
折も折、フィナたちの登場で彼女たちのデータからこのコンテンツのレベルは著しく上昇したのである。
未木は蟹江さん立ち合いの元、マネージャーの本田サユリや保護者代わりの本田ススム、そしてフィナ本人に許可を得て彼女のデータを一早く収集、分析してこのコンテンツや一般用ブースターエンジンの開発を進めていた。
一般用ブースターエンジンとはフィナのデータから安全に運用できそうな機能を複製、改良して他の3Dボカロでも使用可能にしたソフトのことである。
内一つは無料で配布。二つは近日中に販売できるところまで漕ぎ着けていた。
その後ファランクスの面々からもデータを預かり、ソフトは更に汎用化されていた。
未木は開発が進む度に龍崎の所へご意見を伺いに来ているのだ。
まあ、半分以上は自慢しに来ているだけなのだが……。
未木は龍崎に尋ねた。
「そう言えば明後日のイベントで発表する作品デモの最終チェックもう終わったんですか。」
龍崎はモニターを見ながら答えた。
「ああ、午前中にも確認したわよ。」
未木はモニターを覗き込みながらニヤケた。
「どうですか? 新しく導入したシステムは。」
龍崎は文句を言いたそうに答えた。
「う~ん……文句のつけようがない。逆に動きが良すぎて気持ち悪い。何? この指先までちゃんと動いちゃって。ぎこちなさもまるで感じられないし。」
未木は皮肉を言った。
「フィナさんやファランクスなんかもっと人間みたいですよ?」
龍崎はきっぱりと返答した。
「あの子たちはいいのよ。人間みたいなもんなんだから。」
所々正義感あるんだよなあ、この人。
今龍崎が確認しているコンテンツは何とボカロの部屋に自分のアバターを登場させて一緒に話したり遊んだりできるというシステムなのだ。
未木は自慢げに語った。
「靴で見えませんが足の指先もちゃんと動くんですよ。」
龍崎は「え~引くわ……」と言いながら眉をハの字にさせて横目で未木を見た。
「これってこの前言ってたあれ? ほら、プラソードとかチーフコミュの人と会ったって言ってたやつ。」
未木は笑顔で答えた。
「ああ、あれは拡張コンテンツの第2弾でコラボしようって話しです。」
株式会社プラソードと株式会社チーフコミュはゲームソフトを開発している大手の会社であり人気ソフトも数多く手掛けていた。
このコラボというのはボカロとゲームのキャラクターを互いのソフト内に参加できるようにしようというものだ。
ボカロがゲームの中で戦ったり競争したり、その逆にゲームのキャラがアバターとなりボカロの世界に登場して先程の第1弾コンテンツの様に一緒に話したり遊んだりできるシステムである。
この拡張コンテンツは元来の『3Dボーカロイド』にも転用することとなっていた。
さて、そこでどうしても達成しておきたい課題が二つ浮上した。
一つ目はすべてのボカロがフィナみたいに外の世界へ行ける様にすることである。
実は『みんなでボカロ3D』の方にはある程度ボカロのレベルが上昇すると外の世界に行ける様仕組まれている。
但しリアルさは普通のゲーム並みだ。とは言えかなりリアルに見えるが。
問題は『3Dボーカロイド』の方である。
せっかくボカロの世界を探索できるのに家から出られなければおもしろ味が半減してしまう。
とは言え、フィナの『外の世界』を他で再現することはかなり難解であった。
そこで未木と龍崎は研究を重ね、簡易コピーを使用することで多少自由度は阻害されるものの普通に『外の世界』を楽しめることができる様になったのだ。
後はうまいこと調整すれば4パターン位の外の世界なら実現可能になりそうであった。
先程の『3Dボーカロイド』所有者に無料で配布されるソフトとは正にこの『外の世界』に行き来するための追加プログラムであった。
勿論これを配布した所でマネージャーはそこに行くことはできないわけだが、拡張コンテンツによってアバターとしてなら行くことが可能になるのだ。
この新たなコミュニケーションインターフェイスがボカロにどの様な効果を生み出すかは未知数だが、マネージャーとボカロの距離を縮める一つの足がかりになるであろう事は期待できる。
それに何よりも楽しそうだしね。
二つ目はゲームキャラクターとなったアバターにどの様な特性を持たせるかだ。
単に姿だけゲームのキャラクターになるのも面白いのかもしれない。
ただ、未木としてはもう一捻り欲しいところだった。
例えばコラボ予定のゲームを所持している人ならばキャラメイクで独自のキャラを作成してる場合もあるわけだし、ステータスや、場合によっては装備なども変更できる。
ならば、そのキャラクターをそのまま持って来れないか。
アクションにしてもそのゲーム独自の動作があり、それをボカロの世界で復元できないか。
もしもコラボするのがゲーム同士であったなら同じ様なゲームになってしまうから難しいだろう。
しかし、このソフトは少なくともゲームではない。まあ、シュミレーションゲーム的な要素はあるが……。
何と言っても敵が出て来ないから話し合いによってはこの様な条件でもコラボが可能になるかもしれないのだ。
実は先日の未木と各社との話し合いはそれについてのものだった。
コラボの話し自体は相手側から来ていたこともあり、会議は順調に進んだ。
その代わりと言っては何だが、こちらも3Dボカロの動作に関するノウハウを伝え特許も格安で貸し出すこととなった。
但し各社QCやAIは殆ど扱えないので『みんなでボカロ3D』の方の動き限定となるが。
まあ正直これらの特許も取ろうかどうか迷ってたくらいだから交渉の交換条件としては御の字だった。
龍崎はニヤけ顔でモニターを指さした。
「あ! これ服がダサい。ダサすぎない? ねえねえ!」
未木は苦笑いしながら言った。
「龍崎さん文句言う時だけは目が輝くんだから……。」
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
ナミエ … 正式名称C73EHT-R。AIポリスの特殊捜査隊隊長。
新米ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
卯月カナメ … 第2研究開発部主任。
白鳥マイ … 第3研究開発部主任。天才。息子1人
熊谷トシロウ … 第4研究開発部主任。妻死去。息子1人娘1人。酒好き
午藤コウジ … 第5研究開発部主任。柔道4段。妻、息子1人
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子
未木タツヤ … 第7研究開発部主任。バンドVo.、ビリヤード
龍崎アヤネ … 第8研究開発部主任。文句大好き。彼氏あり




