104 宇宙に行くなら健康第一
3Dボカロ社の第1研究開発部主任である蟹江ジュンは本田姉妹の母親である本田サエコに連絡を取ることにした。
サエコは夫のトオルと共に国際宇宙ステーションに勤務していた。
蟹江はそんな本田夫妻との連絡を躊躇わなかった。
奴ら『緑と赤』の思惑通りな感じがして少し抵抗はあったが、こういった悪い知らせは迅速に伝えなくちゃいけないと思ったからだ。
蟹江は先ず、誰もいない主任室からサエコのスマホに連絡を入れてみた。
この主任室は第1研究開発部室の脇にあり、ドアには鍵がかかる様になっていた。
スタッフに聞かせられない話などはいつもここでしていたのだ。
スマホはすぐに繋がった。
「あら、蟹江さん? 昨日はどうも。」
「あ、申し訳ありません。昨日の今日で……。」
「いいえ、何かありましたか?」
蟹江は昨日、緑との通話による接触があった事とその内容について話した。
サエコはずっと相槌を打ちながら聞いていた。
そして蟹江の話しが一通り終わると蟹江を労わった。
「そう、大変だったわね。蟹江さんは大丈夫なの?」
蟹江は元気に返事をした。
「はい、私の方は大丈夫。ピンピンしてます。」
サエコは少しほっとした様だった。
「それならいいんだけど……。わざわざ連絡ありがとうね。」
「いえ、それより来週なんですけど……。」
一頻り蟹江の話を聞き終えるとサエコはそれについて返答した。
「ええ、でもまさかその緑と話すことになるとはね……。」
「ご迷惑じゃありませんか?」
「いえ、寧ろ好都合よ。ただ電話なのよね、音声だけ。」
蟹江は少し考えてから提案した。
「フィナがバリアを調節すればモニター越しに話せるとは思うんですけど……。」
サエコは少し考えてから蟹江に確認した。
「そっか……。ちょっとこっちでも相談してみるわ。それでもいいかしら。」
「ええ、勿論です。火曜日は藤総司令も来られるんですよね。」
「明日にはこっち戻ってくるはずだから。」
蟹江は少し興味を持ったことを質問した。
「宇宙ステーションから地球に戻って来るのって何時間くらいかかるんですか?」
サエコは答えた。
「着陸プロセスは4時間くらいかしらね。行きも帰りも準備や訓練にはやたら時間をかけるんだけど。行きなんか発射からドッキングまで10分もかからないのよ。」
蟹江は驚きと共に感心した。
「へ~そうなんだ。何か凄い!」
サエコはクスっと笑ってから話しを続けた。
「ただね、こっち戻って来てから復調するまでちょっとしんどいの。顔とかも浮腫んじゃって。」
「うわ、やだ。そうなんですか。」
「昔は気絶した人もいた位だから……。ま、藤は何かそうゆうの強いみたいなんだけどね。」
蟹江は本物の宇宙飛行士と話してるんだと実感した。
「ああ、私にはちょっと無理かな。身体がもうついていけない。みんな凄いんですね。」
サエコは言った。
「いえいえ。まあ、ある程度は慣れよ。」
蟹江は話しを戻した。
「あ、ごめんなさい。お忙しいのにこんな話し込んじゃって。」
サエコは笑いながら返した。
「ああ、大丈夫大丈夫。気にしないで。それより電話ありがとう。またこっちから連絡させてもらってもいいかしら。」
「ええ、こちらこそお願いします。」
蟹江は通信を切るとホッと一息ついた。
蟹江としてはみんなに何事もなければそれでいいのだが、一つ頭に引っ掛かることがあった。
それは再三議題にも挙がって来た山本春子の件だった。
何故緑と赤は山本春子を欲しがるのか。
実はフィナが登場する直前まで山本春子はある程度放っておかれていた。
3Dボカロの運営が徐々に軌道に乗り出し研究開発部も本部も多忙になって来たからだ。
山本春子は以前事件ばかり起こしていたので、関係者はその後処理にばかり時間を割いてしまっていた。
だが、ここ数か月はただふらふらしてAI相手に管を巻いたり、特に影響のない悪戯をする程度であった。
その様な事も山本春子がこの期間ノーチェックであった一因と言えた。
そしてコンピュータからの山本春子に関する報告も省略されて、すっかり研究員たちの脳裏から剥がれ落ちていたのだ。
仮に思い出しそうになっても思い出さない様に努力していた節もあるが……。
蟹江はふと思い出し笑いをしてしまった。
それはフィナが見せてくれた山本春子のイメージ画像だった。
初めてそれを見せてもらった時の蟹江の一言。
「あいつこんな顔してたんだ。へえええ。」
あまりにもイメージ通りで感心してしまった。
正にいたずらっ子がそのまま大人になった感じだった。
但し2.5頭身の……。
蟹江は思わず呟いてしまった。
「山本なんか攫ってどうすんだろ、ホントに。」
山本の使い道……来週奴らと連絡がとれたら教えてもらえるんだろうか。
もしこちらの頭ん中覗けるんなら、こっちの聞きたい内容もわかってんだろうし……。
その時ノックの音が聞こえた。
「どうぞ、開いてます。」
蛯名がゆっくりとドアを開けて中に入って来た。
「蟹江さん。ちょっと今いいですか。」
「ええ、どうしたの。」
蛯名が本田サエコとの連絡の件を聞いて来た。
「本田夫妻と連絡取れたんですか。」
蟹江はニッコリと頷いた。
「うん。サエコさんに今さっき全部伝えといた。」
蛯名はホッとした。
「ああ、よかった。よく連絡つきましたね。」
蟹江は蛯名に椅子を勧めた。
「うん。たまたま時間空いてたみたい。」
蛯名は蟹江を見ながら躊躇いがちにに尋ねた。
「そうですか・・・。実はこの前の議題にも挙がっていたことなんですけど……。」
蟹江はハッと気付いて笑顔で言い当てた。
「もしかして山本の事?」
蛯名はまっすぐ蟹江を見ながら頷いた。
「まあそれもあるんですけど。前にどっかで読んだ研究論文の記事を思い出しまして。」
蟹江は尋ねた。
「ああ、もしかして何か分かったの? あいつらの秘密って言うか……。」
蛯名は返答した。
「まあ、それ程の事じゃないんですが、ちょっと関係してるのかなって。」
蟹江は興味を持った。
「へええ、聞かせてくれる?」
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【本田家】
本田トオル … サナとサユリの父。国際宇宙ステーションの研究者
本田サエコ … サナとサユリの母。国際宇宙ステーションの研究者
三好クレハ … 本田家の家政婦
本田ススム … サナとサユリの叔父。トオルの弟
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
ナミエ … 正式名称C73EHT-R。AIポリスの特殊捜査隊隊長。
新米ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子




