100 ドルヲタ魂(スピリット)
コンサート会場に到着して中に入ると重厚な造りのホールとそこに行き交う大勢の観客が二人の心を沸き立たせた。
石狩ユキが小声で言った。
「うん、いいわね。この感じ。」
日高レンジも久しぶりのこの雰囲気を堪能している様だった。
「ま、まあまあだね……。」
コンサートが始まると二人はとにかく圧倒されてしまった。
そのあまりの素敵さに石狩は演じる者としての観察を途中で放棄せざるを得なかった。
そして一人の観客として大いに楽しんだ。
つまりは、そうせざるを得なかったのだ。
日高は始めこそ冷めた態度で見ていたが次第にその完璧とも言えるショウパフォーマンスに嵌り込んでいった。
これを見ないなんて絶対に損だ。
やはり、いい……!
下手を打つとその場で新たな『推し』が決まってしまいそうだったが、どのメンバーも魅力的でそれがかえって一人を決める事を阻止した。
これはもう一方のコンサートや四人で行ったライブについても同じ様な心持ちであった。
日高は『推し』というものを改めて考えた。
確かに一人の『推し』を決めてそのアイドルだけを追っかけるのもおもしろい。
敷居が低ければ尚更だ。
しかし、その一人に拘り過ぎて他の素晴らしい芸術まで見逃すのはドルヲタとしてもどうだろうか。
現にこっちに来て参加したライブはどれもこれも驚くほどに魅力的でとても見事なものだった。
他にもまだ見ていないアイドル……いや、アーティストは大勢いるはずだ。
これからはそういった新しいジャンルにも目を向けていきたい。
「さようなら、僕の推し活人生……。」
それから一月後、地元に戻った日高は新たな推し活を始めていた。
「やっぱ推し活はやめられませんな! うひょ~っ!」
さて、明日はボカロの夏フェス開催日。
言い出しっぺの十勝エイトは二日間とも参加するが、残りの三人は二日目だけ参加することになった。
三人は十勝家の"離れ"に宿泊させてもらっていた。
"離れ"と言っても普通の家より広く風呂やトイレは勿論、家具などもすべて揃っていた。
その一階には大きな居間があり四人はそこで明日以降のスケジュールを話し合っていた。
旭川は日高の肩をポンポンと叩きながら声を掛けた。
「日高も元気出たみたいで何よりやな。」
日高はすまし顔で返事をした。
「いや、元気なかったわけじゃないから。寧ろ元気なかったらここまで来てませんから。」
旭川はギャハハと笑った。
石川は冷たい視線で日高に尋ねた。
「あなたまたあそこ観に行くんでしょ、劇場。次で三回目だっけ?」
日高は弁解した。
「まあ、折角こっち来たんだし? 研究価値はあると思いますから……。」
旭川はその態度に大受けして膝を叩きながら笑った。
「いやいや確かこいつ四回目でしょ。」
十勝は少し微笑みながら確認した。
「わかった。じゃあ日高はそっちに行くんだな。」
日高は当初二日とも十勝と一緒にボカロの夏フェスに行く予定だったが、ここに来てどうしても劇場に行きたくなってしまったらしい。
「ごめん十勝。急に変更しちゃって。」
十勝は日高の方を向いて自分の考えを述べた。
「いや、問題ない。それに明日は俺も様子見するだけだから。もし今一だったら二日目は行かないかもしれないし。」
石川は確認した。
「え、そうなの? そしたら私も別の所行こうかな。買い物明日だけじゃ終わりそうもないし。」
旭川はまとめた。
「ま、明後日に関しては臨機応変にってこっちゃな。」
十勝は皆に告げた。
「ああ、また明日報告するよ。で、旭川は明日どうするの?」
旭川はにやけながら答えた。
「明日は元彼女とデートや。」
日高はギラリという鋭い眼光を放ちながら旭川に苦言を呈した。
「フン、リア充はドルヲタ魂を堕落させるだけですぞ。」
旭川は日高の苦言を無視しながらみんなにスマホで元彼女の写真を見せた。
石狩はその写真を見ながらニヤけた。
「へえ、結構可愛いんだ。」
日高はそれをチラ見すると拳を握って動揺した。
「リア充め、赦すまじ!」
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【北都大学アイドル研究会】
十勝エイト … 代表。(株)コスパルエイド会長の孫
日高レンジ … 幹事
旭川セル … 会計
石狩ユキ … 幹事。アマチュアアイドル系バンドのボーカル




